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パリの窓から : 欧州議会選挙での極右の勝利とフランスの「新人民戦線」
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 第91回・2024年6月12日掲載

欧州議会選挙での極右の勝利とフランスの「新人民戦線」

 6月9日、欧州議会議員選挙がフランスなどEUの各国で行われた。フランスでは極右の国民連合のリストが31,36%得票し、マクロン与党のリスト(14,6%)に大差で勝った。3位は社会党のリスト(13,83%)、続いて「服従しないフランスLFIが9,89%、保守7,24%。緑の党は5,5%でこれまでで最低の得票率だった。投票率は51,49%で前回2019年を少し上回った。他のEU諸国でも極右は票を伸ばしたところが多く、オーストリアとイタリアで1位になった。EU全体から見ると、これまでも最も議員数が多かった保守が少し増えて社会民主党と緑の党が後退し、右傾化がさらに進んだと言える。(*写真=6月9日の夜、レピュブリック広場に集まった若者たち。以下の写真は10日)

極右を大勝利させたマクロンとメディア

 フランスの欧州議会選挙では、オランド社会党政権下の2014年も、マクロン最初の任期下の2019年も極右ルペンの党が1位だったが、2位との差は5%以下で、2019年はマクロン与党との差は1%以下だった。マクロン政治への不満が爆発した「黄色いベスト」運動が起きたのは2019年の秋だったが、以後「市民の声を聞かない」大統領への反感は募る一方となった。2回の大統領選でルペンと決選投票を争ったマクロンは、「極右をせき止めるため」と呼びかけ、彼の政策を支持しない左派の票も得て当選した。ところが、労働法、年金制度や失業保険の改悪など、社会福祉を切り崩すネオリベラル政策を強硬に進める一方、マクロン政権は国民連合が主張する移民・難民排斥とイスラム嫌悪の言説や治安政策を取り入れ、「分離主義防止法」など差別的な法律までつくった。マクロン政権が敵視するのはもっぱら、「服従しないフランスLFI」など左派連合のNUPES(ニュペス)なのだ。

 一方、2022年の総選挙で国民議会に88人の議員(定数577)を送った国民連合は、福祉を守り、人々の生活を向上させるような提案を一つもしないどころか、左派連合NUPESが提出する最低賃金の引き上げ、必需品の価格凍結、大企業や富裕層への課税などの法案に(マクロン与党や保守と一緒に)反対票を投じてきた。大規模で長く続いた年金改革反対運動にも参加しなかった。ところが、主要メディアは国民連合が庶民の味方だというイメージをずっと報道し続け、マクロンに対する唯一の対抗勢力と位置づける。女性の妊娠中絶と避妊の権利を憲法に記す法案(LFIが提出)に大多数の国民連合議員が賛成の投票をしなくても、それを取り上げない。メディアは逆に、左派連合(国民連合より多い150人)が国会で提出する政策内容をきちんと紹介せず、とりわけ「服従しないフランスLFI」については発言や行動が激しすぎるとか、混乱をもたらすとかの観点でしか報道してこなかった。マクロン政権だけでなく主要メディアも、敵は極右の国民連合ではなく(彼らはお行儀がよくなった、共和国にふさわしくなった)、荒々しくて国会にカオスをもたらすLFIになったのだ。

 欧州議会選挙では、2019年に23歳で当選したジョルダン・バルデラが国民連合のリストを率いた(欧州議会選挙は比例制で1回だけの投票、得票率5%以下は議員を出せない)。彼は国民連合の党首、イルドフランス地域圏の議員も兼任する。欧州議会では最も不活発な議員の一人(報告書、提案、発言が極端に少ない)で、欧州議会やEUのしくみをよく知らない。ところが欧州議会での実績がないことは全く問題にされず、世論調査で最初から得票の予想が28% 以上だったバルデラは、多くのメディアで最も頻繁に取り上げられ、雑誌などの表紙を11回も飾った。Tagadayというメディア監視会社の調査によると、5月の候補者のメディア露出回数はバルデラが最多で17309回、2番目は社会党候補のグリュックスマンで11832回、3番目にもう一人の極右候補、ルペンの姪のマレシャル5774回、LFI のオブリーは6番目で5344回 だという。バルデラの政策の中心は反移民・難民、反イスラムだ。そして再生可能エネルギーに反対、環境政策に反対、LGBTに差別的など極右の典型であり、これらを垂れ流して人気者のように扱って最大限に流布したメディアの罪は大きい。今回、国民連合は3県を除く全県(96県)でトップとなり、776万票以上得票して前回より250万票近くのびた。世論調査とメディアの責任は重いと言えるのではないだろうか。

国民議会解散と新人民戦線

 6月9日の夜、マクロンはテレビ演説で与党の敗北を認め、それを受けて国会を解散すると告げた。極右の半数も取れなかった大敗北はマクロン政治の敗北、つまり彼自身の敗北なのだから、大統領を辞任するのが筋だろうが、欧州議会に直接関係がない国民議会を解散したのだ。議会では尊厳死についての法案を討議中だったが、これはマクロンが約束し、市民公会も行われたのに提出が延期されていた法案だ。多くの人が成立を待っていたのに、無期延期になってしまった。選挙は第1回投票が6月30日、決選投票が7月7日に行われるが、夏のヴァカンスがすでに始まる時期で、キャンペーン期間は2週間しかない。マクロン与党の議員は悪い立場で選挙に向かうわけで、突然の決定に動揺したようだ。

 大敗後の選挙という無謀な賭けは、極右に政権を渡すようなものだと解釈できる。そこで、この演説後からまもなくして、「極右を通すな」と大勢の若者たちがレピュブリック広場に集まり始めた。「服従しないフランスLFI」のメランションはマクロンの演説後、活動家たちが集まっていたスターリングラード広場で、「準備はできている。差別で民衆を分断する極右に対抗して、自分たちは人種や肌の色、宗教、ジェンダーなどあらゆる差別を許さず、多様な人がいっしょに生きる新しいフランス、働く者と弱者の権利を守り、環境破壊を止める社会をつくるプログラムを掲げて闘おう」と呼びかけた。広場に集まってきたLFIの若者たちは、そこからレピュブリック広場に合流した。

 マクロンは、解散によって左派勢力を弱体化させようと考えた可能性もある。というのも、欧州議会選挙に左派連合NUPESは各党が別々のリストで臨み、その結果、どの党もめざましい得票率を獲得できなかっただけでなく、お互いの関係が悪くなっていたからだ。NUPESとその共通プログラムは、大統領選の決選投票に僅差で残れなかったメランションの「服従しないフランスLFI」が、5%以下の低い得票率だった他の左派政党と共闘して総選挙に臨むために生まれた。そのおかげで、第1回投票ではマクロンの与党連合をわずかに凌ぎ、決選投票後も与党は過半数に至らなかった。一方、緑の党、社会党、共産党は国会に一定数の議員を当選させて会派をつくることができた。

 ところが、弱体化した旧左翼にとってこの共闘は議員を確保するためだったらしく、昨年秋の元老院選挙(地方議員による間接選挙)では、元老院の議員がいない年若い政党のLFIを排除する共闘を他の三党は決めた。欧州議会選挙にあたり、LFIはNUPESの共通リストで臨めばダイナミズムが生まれ、マクロン与党と極右と同等もしくは1位の得票ができるはずだと提案したが、三党は自分たちは政策が異なる、別々に臨んだ方が多くの議員を獲得できるなどと言って共闘を拒んだ。結果を見ると、各党の得票率(2,4%で今回も議員を出せなかった共産党も含め)を合計すると31,6%になり、極右を凌いだかもしれなかった。

 しかし、大統領選では1,76%だった社会党は、欧州議会選挙ではマクロン与党と僅差で、LFIより多く得票した。グリュックスマン(彼自身はプラス・ピュブリックという別の党)もバルデラと同様、世論調査が早くから優勢を予測し、メディアが頻繁に取り上げて「ダイナミズム」を強調した候補者だ。彼以外の候補者は表に出ず、シリアのパレスチナ難民キャンプで生まれた法学者のリマ・ハサンや労働視察官のアントニー・スミスなど、多様な候補者が各地で選挙演説会や集会を展開したLFIのキャンペーンと対照的だった。メランションを含め数人が話す選挙演説会や、若者が大勢集まる大学での講演を重ねるより、テレビ・ラジオや新聞・雑誌で頻繁に好意的に語られる方が、世論にイメージが浸透して得票できるのが現代の選挙なのだろう。

 しかし、オブリーが前回の6,31%から9,89%に100万票以上票をのばしたのは、とりわけ活動家たちによる何週間、何ヶ月にも及ぶ戸別訪問やビラ配りなど、地域活動の賜物だ。選挙人リストへの登録を促すキャンペーンから始まり、食品価格と電気代を下げる、農業と工業を自由貿易から守る、公共サービスを守る、パレスチナとウクライナ戦争の和平など、具体的な政策を示したまともなキャンペーンは、それが行われた地域・地区で多くの賛同を得たのだ。LFIはいくつかの都市とその郊外、とりわけ低所得者が多く住むサンドニ県やリヨン郊外などで時に50%前後の高い得票率を得た(ちなみにパリはグリュックスマンが1位)。

 イスラエル軍による攻撃の最初からLFIがネタニヤフ政権の戦争犯罪、ジェノサイドと、パレスチナ人に対する差別主義と植民地主義を告発して停戦を要求したことも、移民系に限らず多くの若者たちの共感を呼んだ。国際法と人権擁護の立場を貫いたメランションとLFIの議員や候補者は、数ヶ月間以上、マクロン政権とメディアから凄まじいバッシングや脅迫を受け続けた。その不当な攻撃や中傷について、一部を除くと「左翼」からも同情や連帯はなかった。LFIが善戦して、リストで7番目のリマ・ハサンが欧州議会議員になれたことは喜ばしい。

 選挙の翌日の6月10日、メディアではグリュックスマンがNUPESに変わる新しい左翼連合を語り、そこからメランションやLFIを除く意向を述べた。一方、市民サイドでは文化人や労働組合、市民団体などが、極右の危機に面して対抗する新たな左派連合を呼びかけ、一つの選挙区にその「人民戦線」から一人だけ共闘候補を立てるように要請した。LFIは左派の抜本的な政策による共闘を提案し、午後、緑の党の本部でLFI、共産党、社会党の四党間会談が行われた。夜8時、前の晩に続いて大勢の若者たちがレピュブリック広場に集まった(他の都市でも若者たちの大集会が行われた)。

「若い世代は国民戦線にくそくらえだ!」「私たちはみんな反ファシスト(拍手を伴うイタリア語のシュプレヒコール)」「みんなバルデラが大嫌い」「マクロンが嫌でも私たちはここにいるよ」などと、エネルギッシュにアピールが続いた。

 そして10時半すぎ、「新人民戦線をつくるための数日」という合意書が発表された。「マクロンの政治にとってかわり、差別的な極右の計画と闘うために、抜本的に社会的でエコロジカルなプログラムを掲げた新しい人民戦線をつくるよう、すべてのヒューマンな勢力、労働組合、市民団体などに結集を呼びかける。総選挙では第一回投票から一つの選挙区に一人の共闘候補を立てる。候補者は、新人民戦線が政権をとったら100日間のうちに実施するための、民主的・環境的・社会的な緊急事態に対応し、平和を目指す政策プログラムを掲げる」これから今週の金曜までに、共通プログラムを定めて577人の候補を決めなくてはならない。

 マクロン与党、保守とメディアはこの新人民戦線を叩くだろうし、ルペンとバルデラも左派の分裂を期待していただろう。グリュックスマンやネオリベ路線の旧左翼も不満だろうが、彼の得票率は2019年の選挙での緑の党が得た13.5%とほぼ同じで、緑の党は2022年の大統領選で5%以下だったのだから、欧州議会選挙の結果を国政に直接結びつけることはできない。また、若者たちのたくましい行動が労組や政党をプッシュしているだろう。

 今週末までに新人民戦線の交渉がうまくいくかはっきりするだろう。それから選挙まで、再びキャンペーンが繰り広げられる。極右政権の危機を切り抜けられるかどうか、これから7月7日まで、フランスは歴史的に重大な日々を生きることになる。

2024年6月11日 飛幡祐規(たかはたゆうき)


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