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毎木曜掲載・第298回(2023/5/11)

私たちは宇宙に生かされている

『ビッグ・クエスチョン 〈人類の難問〉に答えよう』(原題:BLIEF ANSWERS TO THE BIG QUESTIONS、著者 スティーヴン・ホーキング、翻訳 青木薫、NHK出版 2019年刊) 評者:根岸恵子
 『ビッグ・クエスチョン 〈人類の難問〉に答えよう』は2019年に邦訳が出版され、買ったまま読もうと思って机の上に載っていた本である。何年も放っておいたのは何となく内容がわかりきっていたというか今更感があったのと、コバルトブルーの表紙が読みたいという情熱の熱を奪っていたからだ。

 なぜ急に読もうと思ったのかは、今年4月13日号のNature誌が243-244pで『On the Origin of Time: Stephen Hawking’s Final Theory』Thomas Hertog(『時間の起源について ホーキングの最後の理論』トマス・ハートッホ)の書評を取り上げていたからだ。

 ハートッホは、2018年に亡くなったスティーヴン・ホーキングの最後の共同研究者でホーキング最後の論文『永久インフレーションからの滑らかな離脱?』を共同執筆した理論物理学者で弦理論提唱者である。

 Nature誌の書評を書いたのはRobert P. Creaseだが、ホーキングが「1981年に、宇宙には創造の時がなく、ビッグバンにおける矛盾を解決する宇宙インフレーション理論などで整合性をとり、宇宙が多宇宙の一部、つまりより広大な宇宙にある多くの宇宙の中の 1つである可能性があることを示唆した」。その後「2016年、結局創造の瞬間があったかもしれないとホーキングは発表した。 かつては多元宇宙などの定説が堅持されていたが、太陽が雪を融かすように、今では(そんな理論は)蒸発した」とハートッホの文章を引用している。書評のタイトルは「決して終わらない始まりへの探求」とあり、ハートッホの本の主旨が、ホーキングが宇宙の始まりについての理論をどう変節していったのかであることがわかった。

 はて、ホーキングは新しい理論を発表してはそれを訂正したり取り消したりしているので、いまさらそんな展開には驚かないが、雪が解けるように消し去った理論とは何だったのだろう。ホーキング最後の論文は永久インフレーションと多元宇宙についてのものだったはず。ハートッホの本の副題が「ホーキングの最終理論」となっていて、たぶん書評では結論は書かないだろうから、『On the Origin of Time: Stephen Hawking’s Final Theory』を読まないとわからない。*写真右=スティーヴン・ホーキング

 さて、私はこの<本の発見>にNature誌の書評の書評を書いているわけでもなく、ハートッホのまだ読んでもいない新刊についての書評を書いているわけでもない。私は机の上に放り出していた『ビッグ・クエスチョン 〈人類の難問〉に答えよう』を読むことにした。ホーキングの最後の出版した本だったから、ここに上の答えがないのは分かっている。これはホーキングが私たちの持つ疑問を10個の項目に分けて答えたものだからだ。彼の生涯を通し、彼が考えてきた、人間の在り方や未来について書かれている。「AIは人間を超えるか」「タイムトラベルの可能性は」「宇宙コロニーは必要か」などから、「ブラックホール」「宇宙の始まり」にも言及している。宇宙の始まり今もって謎のままだ。

 この本は2018年にイギリスとアメリカで出版された本だが、ホーキンズは同じ年の3月14日に亡くなっている。本は未完のまま、家族や協力者によって完成された。誰もが読める一般書として、発刊当時ベストセラーになった。面白いのは、当時の世相を反映して、ホーキングがブレグジットやドナルド・トランプを批判していることだ。そして、茶目っ気のあったホーキングの人間的な一面も垣間見ることができる。

 今年、世界終末時計は残り90秒を差している。ホーキングの描く未来は暗い。「気温上昇、極致における氷冠の減少、森林破壊、人口過剰、病気、戦争、飢饉、水不足、種の絶滅」。これらはすべて既知の問題だ。ホーキングは今こそ宇宙に飛び出す時だというが、私はそうは思わない。人の好奇心は限りないだろうが、起こりえる顛末を予測できれば、人間はこの星にしか住めず、地球の環境こそ守るべきではないだろうか。

 私は時々人に「時間旅行は可能だ」とか「エベレスト頂上とデスバレーの底では進む時間の進み方が違う」とか言って、「そんなことはないだろう」と怒られることがしばしある。しかし、特殊相対性理論をかじったことがある人には、未来へ行くことが理論上可能であることは分かるだろう。また私が大好きな「親殺しのパラドックス」に興味を持つ人はいるかもしれない。私は宇宙や時空のことを考えたり、星を見たりするのが面白くてたまらない。

 そういう人にとってこの本は面白いかもしれない。しかし、多くの人は「そんなことに興味を持って何の役にたつのだ、今この現実の問題はどうするのだ。生活が大事だろ」と怒り出す人も多い。

 私がいつも思うのは、私たちは何によって生かされているのかということだ。私は野菜を栽培しながら、いつも宇宙と対話している。植物は太陽からの光合成の賜物だ。私たちは栄養の源を太陽から得ている。太陽がなければ水は蒸発せず雨も降らない。

 46億年の間に地球に生命が誕生し、絶滅と誕生を繰り返し、危険な放射能を地球から追い出し、豊かな自然を与えてくれたのも、ビッグバンにはじまる宇宙からの恩恵だ。

 社会で起きている人間が引き起こした醜いことの多くは、人間の考え方を変えれば解決することだ。それができないのは、人間があまりに些末なことに囚われすぎているからではないだろうか。私たちは宇宙に生かされているということを真剣に考えてはどうか。

*「週刊 本の発見」は毎週木曜日に掲載します。筆者は、大西赤人、志水博子、志真秀弘、菊池恵介、佐々木有美、根岸恵子、黒鉄好、加藤直樹、わたなべ・みおき、ほかです。


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