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〔週刊 本の発見〕『そこから青い闇がささやき ベオグラード、戦争と言葉』
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毎木曜掲載・第294回(2023/4/13)

不安や恐怖を煽る言葉に躍らされないために

『そこから青い闇がささやき ベオグラード、戦争と言葉』山崎佳代子(ちくま文庫)評者:わたなべ・みおき

 かつて、ユーゴスラビア社会主義連邦共和国という国があった。6つの共和国、セルビア人、クロアチア人、ムスリム等からなる多民族国家だったが、1980年にカリスマ的大統領チトーが死亡すると共和国間の対立が表面化しボスニア紛争が勃発。90年以降の約10年間に、戦争により多くの難民が発生し、国連による経済制裁、NATO軍による空爆などを経て解体した。

 詩人で翻訳家である著者は、旧ユーゴの一部であるセルビアの首都ベオグラードに、80年以降暮らしている。本書は90年代に制裁と空爆の真っ只中で書かれた文章を中心にまとめたもので、昨年文庫化された。

 正直にいうと、当時セルビア人だ民族浄化だと言われてもよく理解できなかったが、NATOの空爆に強い憤りを感じたことを思い出した。

 著者自身の体験によって綴られている本書を読んで、そこには私たちと同じようにささやかな日々の暮らしを営む人間がいて、そして、苦しみ、殺されていったのだということがよくわかった。改めて、人を殺す事を正当化できる理屈なんてないと確信した。

 制裁によって国交が断絶され、著者が働くベオグラード大学でも内定していた日本留学や、奨学金が取り消された。経済も破壊され、物資も不足。赤十字を介して届けられる人道援助物資らしきものも、チェルノブイリの汚染されたミルクだったり、製造年月日も生産国の表示もない物だったりした。放射線治療機械が故障しても、ドイツからの技術者派遣が許可されず修理できない。人道援助で届く薬品は嵩の大きいものが選ばれ、少量で高価な抗がん剤は届かないので、手術も治療もできないと語る医師。 その国の政治家が悪いから、と国民が制裁を受ける理不尽さについて、「空爆しなくても人を殺すことになる」、「死ぬのは普通の人たち」だと著者は言う(注)。

「最初は、死者が名前で知らされる。それから数になる。最後には数もわからなくなる」。

 その時が過ぎてしまえば忘れ去られてしまうような、報道されない細々とした生活の積み重ねこそが、人が実際に生きている、単なる数字ではない命の重みなのだ。

 昨年の文庫化にあたり、著者は以下のように記している。

「そして、またひとつ戦争が始まって、世界中に拡がろうとしている。私は、口を噤むほかなかった。空爆もさることながら、憎悪をあおり複雑な問題を短絡的に描き、激しさを増すメディア戦争に言葉を失った」。

「戦争を生み出し、戦争を煽るものは、言葉にほかならない。特定の国、特定の民族に対する憎悪に満ちた言葉が飛び交い、不安と恐怖を作り上げて、人と人との絆、国と国との繋がりが断たれていく時代にも、安らかな心でありたい」。

「心の安らぎを失わぬことこそが、名もなき私たちに残された唯一の戦いかもしれない。そして、私たちは勝たなくてはならない。」

 台湾有事だ、軍備強化が必要だと不安や恐怖を煽る言葉に躍らされることなく安らかな心を持ち続けるために、今こそ多くの人に読んでもらいたいと思う。

注:「詩人のみた欧州」四元康祐、山崎佳代子、中沢けい【日本文藝家協会オンラインサロン】https://www.youtube.com/watch?v=tFn4uByh86w

*「週刊 本の発見」は毎週木曜日に掲載します。筆者は、大西赤人、志水博子、志真秀弘、菊池恵介、佐々木有美、根岸恵子、黒鉄好、加藤直樹、わたなべ・みおき、ほかです。


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