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〔週刊 本の発見〕『七三一部隊1931−1940 「細菌戦」への道程』
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毎木曜掲載・第290回(2023/3/9)

事実の検証から見えてくる残酷性

『七三一部隊1931−1940 「細菌戦」への道程』(著者 川村一之、不二出版、2022年12月刊行)評者:根岸恵子

 著者の川村一之さんとは30年来の知己である。1989年7月22日に新宿区戸山の国立予防衛生研究所(現・国立感染症研究所)の建設現場で大量の人骨が発見されたとき、川村さんは新宿区議であった。その場所が旧日本陸軍の軍医学校跡地であったことから発見された人骨が細菌戦部隊731部隊との関係を疑われ、地域住民が中心となって「軍医学校跡地で発見された人骨問題を究明する会」(以後、人骨の会)ができた。川村さんは30年以上にわたりこの問題に取り組み、膨大な関係資料や文献に目を通し、現場に足を運び、その研究調査の成果は緻密であり本書につながっている。

 実は私も長年「人骨の会」のメンバーとして参加してきた。実質的に会を運営していたのは数人のコアなメンバーだったが、文学部出身の私以外はみな理科系出身という変わった会だった。たまに他の戦後補償の会や731部隊関係の市民団体から「変人の集まり」などと揶揄されたが、「人骨の会」はイデオロギーや感情に左右されない調査研究が主たる目的の会だった。科学的根拠により発見された人骨の由来や個体識別を求め、長年厚生労働省と交渉を続けている。

 本書が横書きであるのもこの本が研究論文的であり、「731部隊」の検証結果であるからだろう。そして面白いのはタイトルが「731部隊1931−1940」であることだ。なぜ731部隊が存在した1945年までではないのと川村さんに聞いたら、「わからないの?」と笑われた。つまり細菌兵器が実戦に使われるまでの研究期間を対象に研究したのだ。川村さんらしい。


*「軍医学校跡地」2022年5月のフィールドワークより 関連記事

 だから、本書は、731部隊全般について取り上げ3千人以上ものマルタと呼ばれ残酷な人体実験の犠牲者の非業の死という側面を情緒的に描いているわけではない。川村さんは一市民として陸軍軍医学校と「731部隊」に関心があり、知りたいと思ったことを調査し、まとめたのがこの論考であると述べているが、ドイツ留学中の石井四郎と宮本百合子の接点から石井の欧州での動向や石井部隊の初期の研究施設の調査など、一市民ではなしえない研究ではある。この綿密な解析と解明には「人骨の会」のメンバーとしても脱帽ものである

 川村さんはまた「731部隊」の実態を検証して思ったことは、「731部隊」というのは細菌戦という特別な目的を持った特殊な部隊で、陸軍軍医学校から派生した「細菌戦部隊」であった。その本質は「軍陣衛生学」にあると述べている。私たちは今また戦争になった時、医学者に限らずそれぞれのスペシャリストが暴走するのをどうやって止めることができるのだろう。

 1989年に発見された人骨は発見されたときは「人骨」だったが、廃棄されたときは皮膚や目や脳がある肉眼標本だった。その前は生きていた人間であった。川村さんは本書のあとがきで「私たち人骨の会はこの人骨を『遺骨』として扱い、できうる限り真相を調査解明し、身元確認を行なうことで不本意な思いで標本とされた人々を遺族の許へお返ししたいと考えている」と書いている。事実の検証から見えてくるのはその残酷性である。

*「週刊 本の発見」は毎週木曜日に掲載します。筆者は、大西赤人、志水博子、志真秀弘、菊池恵介、佐々木有美、根岸恵子、黒鉄好、加藤直樹、わたなべ・みおき、ほかです。


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