〔週刊 本の発見〕ノーム・チョムスキー『壊れゆく世界の標』 | |||||||
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毎木曜掲載・第284回(2023/1/19) 快活な思考のもたらす魅力『壊れゆく世界の標』(ノーム・チョムスキー、デヴィット・バーサミアン[聞き手]、富永晶子訳、NHK出版新書、2022年11月刊、1078円)評者:志真秀弘 これは談論風発で楽しい本だ。 家を訪ねて居間に通され、老いてなお矍鑠たるチョムスキーさんの話を聞くーその臨場感がこの本には溢れている。聞き手はジャーナリストのデヴィット・バーサミアン。かれの質問も当意即妙でこのインタビューの面白さの一翼を担っている。アメリカ政治への批判、国際情勢、これからの運動のことなどがユーモアを交えて語られ、時に愛犬の話なども飛び出す。 チョムスキーは著名な言語学者だが、ベトナム戦争以後反戦運動の活動家としてよく知られている。かれが今住んでいるアリゾナ州オロ・バレーは地図で見ると合衆国最南端と言っていい。インタビューは2020年5月に始まり2021年12月までの全7回。それぞれが本書の各章をなす。世界がコロナ禍にある最中に行われたわけで、とくに断りはないが、オンラインによるものだろう。 開始された年の11月には大統領選挙が予定されていて最初の2回(本で言うと第一章と第二章)にはトランプが再び勝つかもしれないという切迫感が滲んでいる。 トランプを支持しているのは労働者階級ではない。富裕層と大企業であって、中心はアメリカ人口の25%を占めるキリスト教福音派だ。共和党はならず者の党派になってしまい、民主党はウォール・ストリートに従う専門職高給取りのための党になっている。が、民主党内の女性や若者のつくる左派は、選挙のあとこそ地域で活動を続けて組織を広げることが必要だとチョムスキーは強調する。かれらは気候変動やパンデミックからアメリカ社会を救おうと努力している。政治動向を大所から見据えながら、リアルな視点もかれは忘れてはいない。 パンデミックは国際主義抜きには何も解決できない現実を鮮明にした。スペインのモンドラゴンはじめ多くの場所で人々の共同が自然に生まれている。ブラック・ライブズ・マターさらに♯MeToo運動にも触れながら、カール・マルクスは今にも起こりそうな革命を老いたモグラと言ったが、それは「表面のすぐ下まで迫っていると思う」とチョムスキーは快活に語る。 長い歴史軸と短い時間とを交差させるかれの語りは既製のアメリカ観を根底から崩してしまう。 無数の先住民に対する虐殺を、アメリカは今も公的に認めていない。アメリカの植民地主義・侵略主義批判はチョムスキーに一貫しているが、それはこうした歴史認識による。 本書の終章でグラムシの「知性の悲観主義、意志の楽観主義」を語っている。インタビュアーが「陰鬱な時代」の今、何があなたに希望を与えていますかと問う。チョムスキーは、あきらめるのは最悪の事態に手を貸すことになる。「インドの農民たちのように、ホンジュラスの貧しい小作民たちのように、世界中でつらい境遇に瀕した人々のように最善を尽くそう。」そうすれば「恥じることなく生きられるまともな世界」を実現できるかもしれない。「希望を持つしかないのだよ」とかれは結んでいる。 なお本書に含まれないロシアのウクライナ侵攻をめぐるチョムスキーの考えは以下のインタビュー映像で知ることができる。 *「週刊 本の発見」は毎週木曜日に掲載します。筆者は、大西赤人、志水博子、志真秀弘、菊池恵介、佐々木有美、根岸恵子、黒鉄好、加藤直樹、わたなべ・みおき、ほかです。 Created by staff01. Last modified on 2023-01-19 12:43:38 Copyright: Default |