パリの窓から : マクロン政権が作った極右の移民法 | |||||||
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マクロン政権が作った極右の移民法*どの生徒も「異邦人」ではない。私たちの祖国の名は連帯 去る12月19日のフランス国民議会における移民法案の採択は、第二次大戦後のフランス史上に汚点を残す重大な出来事だ。ダルマナン内務大臣によるこの法案は、外国人に対する扶養家族・住居手当や家族呼び寄せの制限、出生地主義の否定、二重国籍者の国籍剥奪、難民の人権否定、外国人学生への差別(保証金の強制)など、外国人・移民に対する差別と偏見に満ちた条項を多く含み、国民連合マリーヌ・ルペンの選挙公約の内容をいくつも取り入れている。ここ40年間に約30作られた移民法の中でも最悪であり、極右と保守が掲げる差別政策をマクロン政権が法制化したことに、多くの市民が衝撃を受けた。マクロンは2017年と2022年、大統領選決選投票で続けて次点のマリーヌ・ルペンに対抗し、マクロンの政策綱領に賛成しない市民も「極右を通すな」と彼に票を投じたおかげで当選した。本人も当選直後にはそのことを認めて「極右のせき止め」を自称したのだから、この移民法採択は明らかな矛盾であり、有権者への裏切りだ。これまでに示された議会政治の無視と、治安政策における民主主義からの逸脱(警官による暴力とレイシズムの増大、社会・環境運動の弾圧)に加えて、マクロン政権の強権化・極右化(保守・極右との同盟)がさらに進んだと言える。 移民・難民の波にのみこまれるという極右の妄想インフレや公共サービスの低下など生活難と貧困が増大する中、国民の大多数が反対する年金改革を2023年3月に強行採択したマクロン政権は、2024年の国家予算と社会保険予算を討議する秋からの国会でも、ネオリベラル緊縮政策に基づく予算案を次々と強行採択した。秋からの新会期で12回も憲法49条3項を行使した(ボルヌが首相になった2022年5月以降の累計は、なんと23回)ほどの議会政治の無視、民主主義の否定である。
国民の声を聞かない独断政治への不満を忘れさせるため、とりわけ貧困者の増加や公共医療サービスの低下など現実の重大な問題から人々の関心をそらすために、マクロン政権は移民の規制を厳しくする法案を提出した。「移民問題」は、「国民連合」のマリーヌ・ルペンの父ルペンが創立した「国民戦線」の時代から半世紀近く、移民(外国人)を排斥すれば人々の生活が良くなるとするデマゴギーを連呼することによって作り上げられた。ネオリベ政策が進んで福祉国家が後退し、政治(家)への幻滅が進むにつれ、ルペンの政党は人々の不満の受け皿として支持率を上げた。欧州議会議員選挙(2019年)で「国民連合」は得票率1位となり、2022年の国民議会選挙では初めて大量88人もの議員が選出された。 極右の勢力増大にはメディアの責任が大きい。イスラム原理主義者によるテロが何度も起きた2015年以降はとりわけ、移民や難民、国内のムスリム系住民を敵視する極右政党(ルペンの「国民連合」とエリック・ゼムールの「再征服(国土回復))の差別的な言説を、24時間テレビのコメンテーターやラジオのアナウンサーなどメディアが頻繁に流布するようになった。ルペンより過激な差別主義で白人男性優位主義者のゼムールは、極右思想の大資産家ボロレが所有するメディアに頻繁に出演して大統領候補に仕立て上げられ、出馬して第一回投票で7%得票した(ルペンは23%)。ゼムールが繰り返す「大取り替え」(移民が 「土着の」フランス人にとって代わるという意味)など、事実無根の極右の妄想と差別発言が普通の会話のようにテレビやSNSで拡散され、社会に浸透していった。 事実はどうなのか。社会学・人類学・人口学者のフランソワ・エランは、統計の数字にもとづいて解説する。2000年〜2020年の間にフランスの移民数は36%増えて680万人(人口の1割)になったが、これは世界的現象の大規模な移住の波がヨーロッパ全体にも及んでいるということであり、近年大勢の移民・難民を受け入れたドイツや北欧に比べると、フランスの移民増加率は低い(ヨーロッパの平均58%、ドイツ75%、北欧121%)。フランスはシリア、イラク、アフガニスタンからの難民のうち4,5%しか受け入れず(約10万人)、唯一積極的に受け入れたウクライナからの難民も10万人と少ない(ヨーロッパ全体で800万人)。つまり、フランスはもはや亡命者・難民・移民の寛大な受け入れ国ではなく、難民にとってそれほど魅力がない国になったと言える。2013年以降、ヨーロッパにたどり着いた中東難民の5%とアフリカ難民の18%がフランスに申請を出した。「社会保障が充実した寛大なフランスに難民が押し寄せる」という極右・保守の主張は、事実に反した妄想なのだ。そして、EU全体のGDPの18%を生産するフランスは、論理的・倫理的にはもっと多数の難民を受け入れるべきなのだ。 また、滞在許可証の発行数(2022年、31万強)を見ると、2005年から61%増えたが、増加の51%は学生によるもので、「家族呼び寄せ」はこの期間に4%減ったという。にもかかわらず、家族呼び寄せや押し寄せる難民の波に「フランスがのみ込まれる」と極右や保守は吹聴する。エランは『移住、大きな否認』(スイユ出版)François Héran,Immigration: le grand déni, ed. Seuilという著書の中で、これらの虚言や妄想を反駁している。こうした専門家の研究に依拠することなく、極右の妄想とそこから生まれる差別的な言説をそのままはびこらさせたメディアの罪は重い。
フランス市民の心配事や懸念は何かという世論調査をすると、最も多いのは物価の高騰で次は健康、「移民」は環境問題に対する懸念より少ない。ところが、マクロンは極右や保守の支持層を取り込むために、極右思想に近く「アクション・フランセーズ」と関係した過去があるダルマナンを内務大臣に選び、「移民法案」を提出させた。法案は2023年2月に閣議決定され3月に討議されるはずだったが、年金改革反対の大規模な社会運動の最中で延期になり、11月にまず元老院で討議された。規制を厳しくする一方で「人手不足の職種」に限って移民を受け入れるクオータ制導入の条項があった法案に、保守が過半数の元老院は差別的な内容の規制修正案ばかり加え、労働移民条項を消した。国民議会の委員会でそれらが修正されたが、左派にとっては差別的、右派には生ぬるい内容のため、本議会に提出された却下動議が通って討議が却下された。 普通ならそこで法案は引き下げられ、却下された法案を提出した大臣(ダルマナン)は辞任するのが議会の慣習だった。しかし、負けを絶対に認めたくないマクロンは、元老院と国民議会から同数の議員が会派の人数に比例して選ばれる特別委員会を召集させた。そして、その委員会の権限を無視し、保守と極右「国民連合」が賛同できる内容を委員会の外で政府に交渉させたのだ。両院の議員が同数のため保守が優勢の特別委員会は、冒頭部で述べたマリーヌ・ルペンの選挙公約を含む政府が作った差別法案を受け入れた。議会政治の原則と議会の権力をないがしろにした、前代未聞のやり方である。 こうして12月19日、クリスマス休暇直前に、超スピードで移民法案は採択された。国民議会で573人中賛成は349、反対186、棄権38。マクロンの与党連合(ルネッサンス、モデム、オリゾン)の賛成の合計は189(251人中)、これに保守62を足すと251になるが、投票の過半数268には至らない。マクロンは「国民連合の票なしで通過させる」と息巻いたが、実は国民連合の賛成票のおかげでこの法案は通過したのだ。国民連合は88人全員が賛成し、「私たちのイデオロギーの勝利」と狂喜した。 ところが、ダルマナン内務大臣とボルヌ首相は「国民連合の票なしで法案は採択された」と平気で嘘をつき、マクロンも翌日のテレビインタビューで「極右にインスピレーションを受けた法案ではない」と述べた。この人たちの厚顔無恥ぶりは際限がないが、実は彼らは、外国人への差別措置の条項が憲法評議会によって拒否されることを見込んで、わざと差別的な条項を入れて極右・保守の賛同獲得を交渉したと見られている。与党ルネッサンス党にも差別的言説を嫌悪する「左派」(社会党出身の大臣・議員もいる)がいて、彼らを「どうせ憲法評議会ではねられるのだから問題ない」と説得したという。しかし、ルネッサンスの議員170人のうち反対は20、棄権が17あった。与党連合内の反対と棄権の合計は62となり、つまり与党連合議員の約4分の1は、フランス共和国の理念に反する差別的な法案を拒否したわけだ。辞任した大臣も一人いた。 この移民法案に対して、左派連合NUPESは12月22日、約30の条項が憲法違反だから法案全体を却下すべきだと憲法評議会に訴えた。外国人に家族・住居手当、家族呼び寄せ、交通割引を制限したり、緊急宿泊所の権利を拒否したりする条項はおそらく、平等法則や国際人権法に反するとして却下されるだろうが、家族手当などの支給を行う県議会のうち、30強の左派の県議会議長は直ちに、「そんな差別は行わない」と不服従を宣言した。ユマニテ紙が始めた「大統領、この法案を発布しないでほしい」という要請文にはノーベル文学賞作家のアニー・エルノー、労働総同盟書記長のソフィー・ビネ、左派政治家をはじめ、多くの市民が署名した。クリスマス休暇に向かう時期とはいえ、集会やデモも各地で行われた。 マクロン自身、憲法評議会に法案の吟味を要請した。憲法評議会は2024年1月末までに回答を発表する予定だ。最も差別的な憲法違反の条項が却下されても、おそらくマクロンは移民法案を発布するつもりだろう。さらに、12月20日のテレビのインタビューで、マクロンは移民法案への批判・関心をそらそうとしたのか、大統領がすべきでない問題発言をした。多数の性暴力・レイプを告発され、そのうち3件訴えられている俳優のジェラール・ドパルデューを「天才的俳優でフランス文化を輝かせた彼を誇りに思う。彼に与えたレジオンドヌール勲章は剥奪しない」と擁護して、フェミニストはじめ多くの市民の憤慨を引き起こしたのだ(この件については改めて書くかもしれない)。 年金改革その他の強行採択、極右の移民法、警察の暴力・レイシズム、「レイプ文化」の擁護……富裕層をさらに優遇し貧困層を増大させ、公益と福祉を破壊し、原発回帰を進め環境政策を後退させ、極右勢力を増大させた上に、白人男性優位主義の本音を晒したマクロンは、第二次大戦後に最もフランス共和国の理念を貶め、社会を劣化させる政治を行った大統領として、歴史に汚名を残すのではないだろうか。それにしても、ヨーロッパや世界各地で極右勢力が躍進する今、グローバル資本主義と自分たちの利益のために、極右に「イデオロギーの勝利」まで差し出すのがブルジョワ陣営の本性なのである。2024年も闘いは続く。 2023年12月31日 飛幡祐規(たかはたゆうき) Created by staff01. Last modified on 2024-01-01 11:54:11 Copyright: Default |