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命を選別する社会に向き合うとは〜映画『月』をみて堀切さとみ
『PLAN75』『ロスト・ケア』など、命の尊厳を問いかける映画がいくつも作られている。2016年に起きた津久井やまゆり事件をモチーフにした『月』もそのひとつ。数々の問題作を世に出した故・河村光康プロデューサーによって企画された。 模範的な介護職員だった植松聖が「社会のため、重度障がい者を殺します」と言って実行してしまう。その変節のプロセスを、あまりにもリアルに映画は描く。植松聖=「さとくん」の気持ちが理解できる、共感できるという人はきっと出てくるだろう。それでも、目を背けないで向き合ってほしいという気持ちが上回ったと、制作チームはいう。 しばらく座席から立ち上がれなかった。数日たった今も、暗い森の中に引き戻されたような気持ちになり、人物の表情やディティールまでもが鮮明に思い浮かぶ。 とはいうものの、映画の主人公はさとくんではない。作家として挫折し、障害者施設で働き始めた、宮沢りえ扮する洋子という42歳の女性だ(写真)。洋子はこの施設でのかかわりの中で、自分の中にある命を選別する意識に気付き、葛藤する。 一方、さとくんにはろう者の恋人がいる。絵を描くのが好きで、自らつくった紙芝居を障害者たちにみせる。そんな表現者でもある彼が、障がい者の心の声を聴くこともなく「あれは人間じゃありません」と決めつけるようになる。それは自信に満ちた表情で、洋子とは対照的だ。 実は、さとくんよりも残酷な人はたくさんいる。「ライトを照らすと、てんかんみたいな症状を起こすんだぜ」と、監禁された障がい者を弄ぶ介護職員たち。問いただす洋子に「国の指示に従ってやっているのだから、虐待はあり得ない」と言い切る施設長。 世間から隔離され、たとえ一瞬目にすることはあっても、見たくないものを見せられたといって目を背けられる世界。そういうところで働いているんだから、何をやってもいいでしょ。そんな声が聞こえてくるようだ。 さとくんも、他の施設員も、自分の力だけで人生の海を泳ごうとしている。二階堂ふみが演じる介護職員の陽子もまた、才能がなければ生きるに値しないと思っている。生きる意味、生きる価値、そのことを考えない人はいないだろう。常に太陽のようでありたいと。 映画のタイトルでもある「月」は太陽と違って、自ら輝やいてなんかいない。他者からの光を受けて、やっと存在している。 月を体現している洋子のように生きられたらいいなと、今の私は思うが、若い人はどうだろうか。 パンフレットは1300円と決して安くはない。しかし、辺見庸の原作を映画化することで、この問題に向き合った石井裕也監督はじめ、出演した役者たち、識者たちの文章は、どれも読みごたえがあった。生半可でない表現者たちの姿勢に、救われる思いがする。 ※10月13日より全国で公開中 Created by staff01. Last modified on 2023-10-22 15:21:03 Copyright: Default |