パリの窓から : どこへ行くフランス(続) 警察国家とファシズム? | |
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どこへ行くフランス(続) 警察国家とファシズム?*プラカード「警察国家にノン、自由ー蜂起ー正義ーナエル」by Anne-Marie Bonnisseau マクロン政権は、移民系若者ナエルの警察による殺害をきっかけに6月末〜7月初めにフランス各地で起きた若者たちの「暴動」(反乱)を、治安部隊による過度の武力で鎮圧した。恵まれない地区(カルチエ)の若者たちが求める正義、彼らが受けるレイシズムや社会的要因が生み出す困難に応える措置については一切語らず、暴力を親やビデオゲームのせいにした。 この「暴動(反乱)」の弾圧の際、警察のゴム弾銃射撃や暴力によって若者1人が死亡し、頭蓋骨の一部や片目を失うなど重傷の被害者(全員「暴動」とは無関係)が複数出たことが、後に発覚した。ところが、警官の暴力行為に対する司法の取り調べが始まってすぐの7月23日、国家警察(警察庁)の長官は「取り調べを受ける警官を仮拘留するのはおかしい」と発言した。 第四の権力:警察警察が司法のやり方を批判することは司法の独立(三権分立)を脅かすだけでなく、発言内容は法のもとに誰もが平等であるという人権宣言(1789年の「人間と市民の権利の宣言」、第五共和国憲法の前文でこれに依拠)に反し、法治国家の基本を脅かす。この発言に驚愕し、「屈服しないフランスLFI」など左派の政治家と司法界は直ちに反論し抗議したが、なんとパリ警視庁総監は同意し、内務大臣は無言だった。7月21日に国会も閉会してヴァカンスたけなわシーズンとはいえ、警察を指揮するはずの内務大臣が無言とはありえない。 社会学者のセバスチャン・ロシェは、警察庁長官とパリ警視庁総監の発言を「前代未聞の国家内における(警察による)反逆の一種」であると形容し、それは内務大臣の承諾を得た計画された行為だろうと分析した。警察庁長官の発言公表の時、ダルマナン内務大臣とマクロン大統領はニュー・カレドニアに移動中だったが、ダルマナン内相は実際、帰国後すぐに警察庁長官とパリ警視庁総監に同意した。マクロンはカレドニアでのインタビューで、「司法の独立」には触れたが警察庁長官の発言のコメントは拒んだ。警察の反逆に対して何の批判もせず、警察の被害者と殺害されたナエルに対して一言も語らず、「秩序の回復」のみを強調した。 ミッテラン大統領第一任期の1983年、警官殺害事件が起きて大勢の警官が法務省前までデモを行った際、ミッテランは直ちに警察庁長官とパリ警視庁総監を罷免した。今回、警官は被害者ではなく凄まじい暴力行為を犯した加害者なのに、その警官をかばって警察のトップが司法を脅かしたことに対し、マクロン政権は批判一つ言えないのである。ロシェなど研究者や法律の専門家が、フランスではもはや警察が第四の権力となって政府を動かしている(つまり警察国家へ移行)と分析するゆえんである。 多数派の警官組合は以前から、あらゆる状況において警官の行為を正当防衛とみなす法律の制定を主張しており、2021年5月には国民議会前で司法を糾弾するデモを行った。このデモに極右と保守の議員、後の極右大統領選候補ゼムールだけでなくダルマン内相、そしてなんと「服従しないフランスLFI」を除く左派の政治家(社会党、共産党、緑の党)の主要政治家まで参列したのだ(コラム「フランス民主主義の危機と極右イデオロギーの蔓延:(http://www.labornetjp.org/news/2021/0624pari)。 今回、警官組合は同様に警官の特別な法的地位(つまり特権)の要求に加え、憲法評議会に阻止された治安部隊の撮影禁止(グローバル治安法案に含まれ大反対を受けたが、可決された)、警官の匿名性保証を要求し、同僚に「病欠」による抗議を呼びかけた。つまり、不当な不法行為を働いても普通の市民のようには扱われず、匿名性によってまともな取り調べもできず罰せられないようにする特権を要求したわけだ。おまけに、ストではない偽りの「病欠」の呼びかけ(マルセイユなどで多くの警官が実施)は、健康保険に対する大っぴらな不正である。 ところがダルマナン内相は7月27日の夜、極右イデオロギーの影響を受けたこれら警官組合(警察内の多数派)の要求にほとんどすべて応じ、秋に警官の新たな地位を法務大臣と検討することを約束した。5ヶ月にわたる巨大デモとストによって年金改革に反対した圧倒的多数の市民の要求を無視した政府は、警察には言いなりなのだ。ダルマナン内相は警官たちの「動揺、怒り、悲しみ」を理解すると述べた。 警察の暴力とレイシズムなんと破廉恥な発言だろうか。ことの発端は、警官によるナエルの不法で不当な殺害だった。それを隠蔽し、ナエルを犯罪人に仕立て上げようとしたことがわかって起きた「暴動(反乱)」に対する弾圧の際、マルセイユではモハメッドという27歳の男性がスクーターで走行中、胸郭と太ももにゴム弾を受けて死亡した。前日、彼の従兄弟アブデルカリムは、ゴム弾を打たれて片目を失った。 エディ(22歳)はマルセイユの中心街を歩いている時、まずゴム弾をこめかみに受けた後、4人の警官に路地に引き込まれてひどい暴行を受け、その場に捨て去られた。近所の食品店の人の助けを受けて集中治療室に運ばれ、3回の外科手術でなんとか命をとりとめたエディの証言ビデオが、7月27日にネットに流れた。視力を失い顎を壊され、頭蓋骨の一部を手術で削られた彼が、以前の人生にはもう戻れないと語るビデオを1200万人以上が視聴し、衝撃を与えた。(https://www.youtube.com/watch?v=Vhd7eMx4P7E) 暴行を働いた警官たちは何も報告しなかったが、現場が路上ビデオに録画されていたため7月21日に逮捕され、1人は仮拘留になった。この取り調べと仮拘留に抗議するため、マルセイユの警官たちは捕まった警官に拍手を送り、偽の病欠などで職務を放棄する者が続出した。警察庁長官はマルセイユ市警察を1週間後に訪問し、彼らを励まして善処を約束したという。 エディは証言ビデオ(コンビニというメディアのインタビュー)で、大統領、首相、内務大臣、政府の誰からも何の連絡も受けていないと語った。6月27日に警官に殺害されたナエル、その後に警察の暴力によって重傷を負った若者たち(誰も何の罪も犯していない)やその家族に対して、マクロン政権はお悔やみや同情のメッセージを送らず、スピーチやインタビューでも被害者の彼らについて一言も触れない。一方で、大統領以下政府の要人と与党の政治家はみな、「警官の動揺を理解する」と口を揃える。エディのビデオが流れた後も、彼に向けて思いやりがある言葉を一言も発せられない彼らの人間性の欠如に、寒気がする。 マルセイユの3人の他にも、パリ郊外ナンテールやモントルイユ、その他の場所で警察による不当な暴力の被害者が出ている。警察による移民系の若者への差別や不当な暴力は、これまで多くの被害者を出してきた。前回のコラムで書いたように、正当防衛なら警官に射撃を許すという解釈をもたらした2017年の刑法改正以来、「命令への不服従」を理由に警官に射殺された人の数は5倍に増えた。その数はドイツで10年間に1人だったが、フランスでは2022年の1年間に10人、今年に入って3人も射殺された。そして、ほとんどの場合、不当な殺害や暴力を犯した警官や憲兵は罰せられず、たとえ懲罰や有罪を受けても度合いは軽いことが多い。ナエルの殺害と「暴動(反乱)」後の7月8日、集会を禁止された「アダマ・トラオレに正義を」というグループが長年闘っているアダマ殺害の件でも、憲兵は「被告人」ではなく被疑「参考人」扱いにしかならず、現場検証もされず、事件から7年後の今年7月26日、検察は無罪を要求した。司法は、極右の警官たちが主張するように警察を不当に束縛などしておらず、通常の判決に比べると、警官の容疑者に対して非常に甘いのが現状である(武器を常備して人を殺す権力を持っているのだから、逆に厳しくあるべきなのに)。 社会学者たちの調査・研究によって、他のヨーロッパ諸国と比べて、フランスではアラブ系と黒人フランス人が警察から差別(頻繁な職務質問、検問)と暴力を受けやすいこと、警官による暴力が頻発することが指摘されている。しかし、マクロン政権は暴力とレイシズムの問題が警察の機構内に巣食っている事実を絶対に認めず、その認識に基づいて抜本的な改革(政策綱領がある)を主張する「服従しないフランスLFI」を「警察を憎んでカオスを誘発している」と攻撃する。極右と極右化した保守も同様だが、さらに社会党の反NUPES派(旧オランド政権派)と共産党の指導部までもが、警察の不当な暴力とレイシズムを全く批判せずに、メランションとLFIをバッシングする。かつては極右を阻止するための左翼・保守の協力が「共和国の弧」と呼ばれたが、今ではそれがLFIを排斥するアーチとなった。警官組合、警察のトップと内務大臣は、この状況が自分たちに利があると見て、第四の権力掌握に乗り出したのだ。 ネオリベラリズムが招く警察国家と極右(ファシズム)*プラカード「国家の暴力の解消は緊急を要する」 「黄色いベスト」運動弾圧から年金改革反対の巨大な社会運動つぶしにいたるまで、マクロンは弱者を苦しめるネオリベラル政策を進めるために、治安部隊の武力・暴力のみを頼りにした。その結果、警察のトップと内務大臣による「反逆」に対して、共和国大統領(憲法の尊重に留意し、体制を保証する役割)の権威を示せないほど、マクロンは大統領の職務を貶めた(しかし法外な権力を持ち、濫用し続けている)。 また、国会で過半数を失った2022年の夏以降、マクロン政権と与党は、現在の経済体制の抜本的変革を掲げる左派連合NUPESの力を弱めるために、極右の「国民連合」を持ちあげてNUPES(とりわけ「服従しないフランス」LFI)を対敵に定めた。実際、ルペンの「国民連合」は国会で、NUPESが提出した最低賃金の引き上げや必需品の物価凍結など社会・環境政策の法案や修正案に対し、マクロン与党と一緒に反対票を投じている。マクロン与党・保守の「ブルジョワジー陣営」とルペンの極右陣営は、国会で力を合わせてネオリベラル政策を進めているのだ。メディアが植えつけた「ルペン(国民連合)は庶民の味方」というイメージは偽りだと証明されたわけだが、メディアは相変わらずこのイメージを流布しており、年金改革に反対してもスト・デモなど社会運動を一切支持しなかったルペンを持ちあげ続けた。そして、マクロン政権とメディアが国民連合と極右イデオローグのゼムールを好意的に扱うあまり、その差別主義言説がふつうの意見のように流布され、浸透していった。 そもそも、民衆、民主主義、人間社会とは何かを知らず、理解できないマクロンにとって、市民の自由・平等・友愛、人権などどうでもいいから、警察権力の増大と市民の自由の侵害がマクロン政権のもとで急激に進んだ、と哲学者・経済学者のフレデリック・ロルドンは指摘する。そしてマクロン政権と与党はたやすく、極右と同じ警察国家志向とレイシズムに染まった。 ネオリベラリズムにおいて、人間は使い捨ての資源にすぎない。マクロンは大統領になってすぐ、ひどい失言を発した。「駅では成功した人たちと、取るに足らない人たちがすれ違う」ーー階級差別を無意識にすらりと口にしたマクロンは、ブルジョワジーが自分たちの利害を確保するために選んだ最適の政治家なのだとロルドンは言う。かくして、グローバル巨大企業と一部の富裕層による富の占有のために、福祉国家と民主主義の破壊を進めるマクロンは、警察の武力と極右のイデオロギーの基幹である「秩序」を新たなモットーにした。ロルドンは「警察共和国からファシスト共和国へ?」というタイトルの記事でこの過程を描いている。 幸い、警察トップと内務大臣の発言に対し、裁判官組合、高等裁判所裁判長、検事総長など司法界は明確に司法の独立を主張し、法治国家の破壊を告発している。少数派の警官組合からも批判の声が上がり始めた。フランスの民主主義の抵抗力が試されている。 *コラム86(7月4日) どこへ行くフランス? 強権政治とレイシズム:http://www.labornetjp.org/news/2023/0705pari Created by staff01. 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