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〔週刊 本の発見〕『国鉄−「日本最大の企業」の栄光と崩壊』
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毎木曜掲載・第275回(2022/11/3)

鉄道開業150年に送り出した「歴史書」

『国鉄−「日本最大の企業」の栄光と崩壊』(石井幸孝・著、中公新書、1,100円+税、2022年8月)評者:黒鉄好
 元国鉄官僚であり、分割民営化後はJR九州初代社長を務めた石井幸孝(よしたか)氏が、日本の鉄道開業150年に送り出した著書である。「改革」から30余年を経て再び危急存亡の時を迎えつつあるローカル線をはじめ、貨物輸送、整備新幹線・並行在来線、リニアから安全対策、労使関係に至るまで、JR固有と思われている問題のほとんどは国鉄時代にその萌芽がある。歴史に「もし」は通用しないが、国鉄のままであればこれらの問題は避けられていたか? 私の答えはノーである。JRではなく「今さら国鉄を論じる」ことの重要性はこの点にある。

 国鉄「改革」への賛否という政治的立場を越え、確認しておかなければならないのは、本書における事実関係の正確、広範、詳細な記述である。国鉄発足の経緯に始まり、組織、予算、権限の変遷や国鉄を取り巻く事件・事故など、鉄道研究者の間でエポックとされるものは網羅されている。特に、第4章「鉄道技術屋魂」と第6章「鉄道貨物の栄枯盛衰」は圧巻だ。当時を知る人物の多くが鬼籍に入る中で、技術系幹部であった著者にしか書けないと思う。これらは後世の鉄道研究者の検証にも耐える優れた内容といえる。

 一方で、政治的立場の違いからどうしても私には受け入れがたい内容もある。JRグループに光と影の両面があり、JR北海道や四国の経営危機を「影」としている点は良いとして、国鉄改革を全体としては「成功」としていること、史上最強といわれた国鉄労働運動にとって栄光である現場協議制を「職場荒廃の原因」と断じていることなどはその典型である。国鉄経営悪化の原因を著者が公共企業体制度に求めていることもそのひとつである。総じて国鉄が戦争と戦後復興、高度経済成長という激動の時代に翻弄された側面が強く、他の形態なら経営悪化を避けられたとまで断言するほどの自信は持てない。

 2019年、私は札幌市で開催された石井氏の講演会に参加したことがある。JR北海道が「自社単独では維持困難」10路線13線区を公表、一部区間をめぐって沿線自治体と協議入りして3年近くが経過していた。1932年生まれの石井氏は当時すでに87歳。JR北海道の路線問題を重大局面と認識しており、自身の存命中に解決に向けた糸口だけでも提供しておかなければならないという彼なりの危機感が見えた。

 本書でも展開されている「新幹線貨物列車」による高速物流網構想などは、このときの講演でも述べられている。鉄道史研究者であれば、東海道新幹線が当初、客貨両用として計画されていたこと、途中まで建設された新幹線貨物駅の遺構がつい最近まで残されていたことは知っているだろう。未曾有の少子高齢化でトラック運転手不足は深刻さを増しており、新幹線貨物列車構想はいつ息を吹き返してもおかしくないといえるのである。

 国鉄改革をめぐって、私にとってはいわば「敵方」であった国鉄幹部だが、改革派の中心的存在ではなく、民営化後は九州の鉄道を創意工夫で楽しくするなど貢献も果たした。鉄道ファンとしては憎みきれない人物が石井氏である。これほどの規模で国鉄を論じきった著書はこれが最後になると思う。JRの「影」に対する今後の対策にも不十分ながら言及している。国鉄「改革」賛否の立場を越え、読む価値のある著書と評価する。

*「週刊 本の発見」は毎週木曜日に掲載します。筆者は、大西赤人、志水博子、志真秀弘、菊池恵介、佐々木有美、根岸恵子、黒鉄好、加藤直樹、わたなべ・みおき、ほかです。  


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