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〔週刊 本の発見〕『子どもたちはみんな多様ななかで学びあう』
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毎木曜掲載・第274回(2022/10/27)

ジェイミーだけの話じゃない

『子どもたちはみんな多様ななかで学びあう』(佐々木サミュエルズ純子 著 アイエス・エヌ 1,800円 +税)評者 : 志水博子  

 この本を手に取ったのにはわけがある。今から4年前、2018年12月に、大阪である集会が開催された。当時大阪市市長であった吉村洋文氏が、「学力テストの結果を校長や教員のボーナス、学校予算に反映させる制度の導入を目指す」とマスコミに公表したことに、多くの教育関係者や市民は、そのようなことがあっていいはずはないと危機感から集会を開催することになった。

 実は私も主催者側のひとりであったのだが、盛りだくさんの集会で参加者も疲れが出始めた頃だったかもしれない、本書の著者である佐々木サミュエルズ純子さんがダウン症の息子ジェイミーも含め一家4人で登壇された。ところが、ジェイミーのご機嫌が悪く、純子さんも落ち着いて話せる状態ではなかった。正直、私はハラハラした。ところが、いつの間にか、会場は普段の集会とはまるで違う空気に包まれていた。ジェイミーのご機嫌を直そうとする参加者もいれば、会場をウロウロするジェイミーに手を差し伸べる人もいた。このあったかい空気感は何? まるで魔法にかかったようだった。

 本書は、「イタリア旅行に行こうと飛行機に乗ったのに、着いたのがオランダだった」ごとく、思いがけずダウン症児の母となった著者が、日本とイギリスの文化の差や地域の保守的な学校や教育委員会の対応にモヤモヤを感じながら、揺れながら、迷いながらも、それでも素敵ななかまを得て学校生活をジェイミーと共に楽しむ様子が描かれている。何よりいいのは、著者のこの言葉に尽きる。“ジェイミーだけの話じゃない。障害があってもなくても、どんな子どもも居場所がある学校、どんな人でも安心して快適に暮らせる環境が整ってこそ初めて、みんながうまくいく”。つまり、うちの子どものジェイミーの話から始まっているが、それがそのまま私たちの子どもたちの話になっている点だ。ともすれば、我が子について語る「教育本」が多いが、公教育を語る上ではどうしても外せない大事な視点だ。


*佐々木サミュエルズ純子さん家族(「毎日小学生新聞」より)

 だが、それにしても現実の学校は、いつまで「分けて」「競わせて」を続けるつもりなのだろうか。今夏、国連から日本政府は「障害者権利条約」に関する初めての審査を受け勧告を受けたが、その勧告には、「インクルーシブ教育の権利を保障すべき」とある。

 本書にもインクルーシブ教育について、さまざまな角度から取り上げられているが、インクルーシブ教育とは何も障害児教育の問題にとどまらない。多様な子どもたちがいることを前提とし、その多様な子どもたち(排除されやすい子どもたちを含む)の教育を受ける権利を地域の学校で保障するために、教育システムそのものを改革していくプロセスだという。本書を読んで、私は、ますます“切磋琢磨”イコール競争するためだけの学校ならもう要らないと思った。

 本書の第1章から第4章の著者自身の体験が描かれているところには、それこそタイトル通りの「子どもはみんな多様ななかで学びあう」ところから生まれる魔法の数々が紹介されている。その後の「ジェイミーの友達に聞きました」は、子どもたちのシビアな声に苦笑させられる。いったい誰だ子どもに教えようなんて馬鹿げた考えをもっているのは? 子どもの声に耳を傾けてこそ社会は変わっていくはずだ。

 その上、本書には、何と贅沢なことに、それぞれ著名な4人の方との対談付きである。私は、特に最後の国連NGO子どもの権利条約総合研究所研究員吉永省三さんとの対談「『子どもの最善の利益』は子どもの話を聴くことから」が興味深かった。吉永さんの、「学校や社会の仕組みを変えようと試みるよりも前に、まずその体制への適応を個々人に求める、そのような『個人モデル』を取る限りは、エンパワメントは生まれて来ない。学校や社会の仕組みをよりよく変えていこうとする社会モデルアプローチだから、そこに参加する主体のひとりとなった時エンパワメントが生まれてくる」という言葉が印象に残った。

 つくづく思う。変わらなければならないのは、大人であり、学校であり、社会であると。

*「週刊 本の発見」は毎週木曜日に掲載します。筆者は、大西赤人、志水博子、志真秀弘、菊池恵介、佐々木有美、根岸恵子、黒鉄好、加藤直樹、わたなべ・みおき、ほかです。


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