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〔週刊 本の発見〕黒田硫黄『大日本天狗党絵詞』
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毎木曜掲載・第243回(2022/2/17)

暴走する人々の滑稽で切ない物語

黒田硫黄『大日本天狗党絵詞』(全4巻、講談社)評者:加藤直樹

 今回ご紹介するのは漫画である。天狗たちが繰り広げる奇想天外な群像劇だ。そう、鼻がデカくて手に葉っぱの団扇を持っている、あの天狗である。

 だが「天狗」とはなんだろう。この作品に登場する「天狗」たちも、繰り返し、そう自問している。

 天狗という言葉は、無秩序なほどに様々な意味をはらんでいる。人がうわついて高慢になることを「天狗になる」と言い、子どもが姿をくらませば、「天狗にさらわれた」と考える。大きな杉の木があれば「天狗の腰掛け杉」などと称する。政争に敗れた天皇が死後、天狗になった例もある。修験道の行者のイメージが膨らんで天狗になったのだろうとも言われるが、行者の始祖とも言える役行者がそもそも「大天狗」だったらしいともいう。異界の存在であるのは間違いないが、人間との境も定かではない。つかみどころがないのだ。

 この漫画に出てくる「天狗」たちは、別に鼻が高いわけではない。普通の人間の姿をしている。人知れず夜空を自由に飛ぶ能力や、魂を身体からカラスの姿で離脱させて自在に操る能力などを持っているのだが、そのことで何か得をしている様子もない。かつては人間たちを恐れさせ、敬われもした天狗たちだが、今では社会の底辺に身を潜めて暮らしている。外から見れば、ひとり暮らしのコンビニ店員やつぶれかかった古本屋の主人にすぎない。

 主人公は、「師匠」と呼ばれる中高年のインテリ風の男(の姿をした天狗)と、小学校の入学式に遅刻したことでいたたまれなくなって人間界を逃げ出し、そのまま「師匠」の弟子として天狗になった「シノブ」という22歳の女性。二人は住所不定無職のまま居候などをしながらみじめに暮らしているが、それでも「師匠」は、天狗としての矜持をもって誇り高くあろうとしている。

 ところがこの「師匠」が、彼が「邪眼」と呼ぶ謎の男に出会ったことから、事態は動き出す。「邪眼」の視線に射抜かれた彼は、その瞬間、天狗としての一切の超能力を失ってしまうのだ。自らの危機を天狗全体の危機と思い込んだ彼は、「大日本天狗党」の結成を宣言。人間界に隠れ住む天狗たちに党への結集を呼びかける。目指すは、思い上がった人間どもを震え上がらせ、「日本を天狗の国にする」こと。ここから、天狗たちの、いわば「革命党」をめぐる群像劇が展開されることになる。

 荒唐無稽な想像力と突き放した笑い。疾走感のある絵と味のある台詞が素晴らしい。たとえばこんな具合だ。天狗の大軍勢で都庁を占拠し、日本政府に宣戦布告した「師匠」が、テレビの討論番組でこう宣言する。

「たとえば天狗は偉いからこの国を支配する/といっても諸君は納得しまい/むかし天狗は偉かった。しかし今は違う/偉さは証明できない/我々の偉さの基準を諸君に押しつけたところで/諸君は納得しない/だろう?/だったら/どうすればよいかな/諸君が偉いと思う何かがあって/天狗がその何かになれば/偉いと思うと思わんか、君/日本は何の国だ?/日本は、日本人の国か?/日本が日本人の国なら/日本人が天狗になれば/日本は天狗の国だ/そうだろ君!」

 権力は正統性を承認されなくては権力とはならない。だが「人々が偉いと思う何か」をなぞって演じるとき、果たして彼はそれでも彼であり続けているのだろうか。ここには権力をめぐるアイロニーがある。「師匠」が恐れ、その捕縛を命じた「邪眼」は、正しくも喝破する。「天狗党は、あらぬところにたどり着いてしまった」。

 「邪眼」は、トロツキーそっくりに描かれている。また、「天狗の国」建国に必要なパワーを象徴する大天狗「Z氏」は、ナポレオンそっくりの巨大な白人である。そして、「党」の内部で展開する猜疑や粛清は、新左翼党派の内ゲバそのものだ。それは、革命党や権力の歴史を戯画的に引用していることを意味する。だが「天狗」たちを幻惑する「党」や「権力」をめぐる物語が大掛かりになればなるほど、前面に出てくるのは、その中で右往左往する「天狗」たち一人ひとりの愚かさ、小ささだ。そこには、ホンモノとニセモノ、他人の目に映る自分と自分の思う自分、居場所とそれがないこと、認められることと否定されること、受け入れられることと排除されること…といった、生きる上で誰もが直面するテーマがある。

 そもそも「天狗」とは何だろうか。本当に「天狗」なんてものが存在するのか。そう思い込んでいるだけではないのか。思い込みを捨てたら、私は生きていけないのか。党を追放され、裏切り者として追われる身となったシノブは、最終的に「天狗」をめぐる自問に一つの答えを出す。「私はシノブ。カタカナでシノブ。呼ぶことがあればそれで足りるよ」。

 アイデンティティーと居場所を求めて暴走する人々の、滑稽で切ない物語である。

*「週刊 本の発見」は毎週木曜日に掲載します。筆者は、大西赤人・志水博子・志真秀弘・菊池恵介・佐々木有美・根岸恵子、黒鉄好、加藤直樹、ほかです。


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