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LNJ Logo 〔週刊 本の発見〕『核のない未来を願って 松井英介遺稿・追悼集』
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毎木曜掲載・第237回(2022/1/6)

気骨ある反核医師の生き様から核廃絶の重要性を学ぶ

『核のない未来を願って 松井英介遺稿・追悼集』(松井英介遺稿・追悼集編集委員会・編、緑風出版、3,400円+税、2021年11月)評者:黒鉄好

 核兵器と、核のいわゆる『平和利用』としての原発。その双方に反対し精力的な活動を続けてこられた松井英介・岐阜環境医学研究所長が82年の生涯を閉じたのは2020年8月。お連れ合いの和子さんから「故人の追悼集を出したいので、生前にゆかりのあった人に追悼文を寄稿いただきたい」と評者にも依頼があった。英介さんを中心に発足した「株式会社はは」の会報的なものだろうと思ったので気軽に引き受け寄稿した。贈呈を受けてから、立派な装丁を見て驚いたというのが正直なところである。

 「株式会社はは」は、福島で、子どもの歯の生え替わりで抜けた乳歯を保存、残留する放射性ストロンチウムのデータを記録し被曝の実態を解明するための民間プロジェクト組織である。放射性ストロンチウムはカルシウムに似た性質を持ち、歯や骨に蓄積しやすいことからこのプロジェクトが発足した。「はは」は2018年に開設したばかりで、まさにこれからという時期に英介さんは旅立った。

 評者と英介さんとの関わりは米軍によるイラク戦争に遡る。米軍が使用した劣化ウラニウム兵器の危険性を民衆法廷で証言いただいた。天然ウラン鉱石から原爆や原発の燃料となるウラン235を抽出後、残ったウラン238は核分裂を起こさないため燃料にはならないが、放射性物質であるため利用もできず各国は処分に困っていた。だが地上で最も重い物質である点に米軍が着目し砲弾に転用。砲弾が燃える際に飛散したウラン238を吸って多くのイラク市民が被曝した事実は、英介さんとの出会いなくしては知り得なかった。当時は距離感もイメージできないほど遠い国の出来事と思っていた放射能被曝に、その後よもや自分が遭うことになるとは夢にも思っていなかった。*写真=骨髄異形成症候群で亡くなった松井医師

 原発事故後、福島で今後どうすべきか途方に暮れていた私は、郡山市での講演会で英介さんに偶然再会した。「ヒトの肺胞というのは、大人の場合、広げると面積はテニスコート1面分と同じ。福島で生きるということは、その面積いっぱいに放射能を吸うことです」。肺胞の大きさを印象づけようと、両手をいっぱいに広げて話す「英介節」は昔と変わらず健在で、驚きより懐かしさを感じた。それまでの私は、福島原発事故が巨大すぎて現実感覚を持てずにいたが、8年前は写真で見るだけだった遠い異国の放射能被曝者と同じ数奇な運命を、これから自分も生きなければならないのだと厳しい現実を悟った。

 本書には、英介さんとともに直面したその厳しい運命と、それでも格闘しながら生きることを選択した137人もの寄稿者の思いが綴られている。そこには、原子力ムラの地位と利権に溺れた者たちが世迷い言のように繰り返す根拠なき楽観など微塵もない。緊急事態宣言下で強行された東京五輪は、多くの市民に日本の衰退と精神的荒廃を自覚させる契機となったが、本書の137人の寄稿者たちは10年も前から気づいていたのだ。

 原子力ムラ関係者を福島、そして世界から追放しようとする137人の闘いとそれにかける思いに本書を通じて接してほしい。その闘いはまだ緒に就いたばかりであり、10年経った今もなお、終わりが見える気配はない。

*「週刊 本の発見」は毎週木曜日に掲載します。筆者は、大西赤人・志水博子・志真秀弘・菊池恵介・佐々木有美・根岸恵子、黒鉄好、加藤直樹、ほかです。


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