〔週刊 本の発見〕浦島悦子『ジュゴンの帰る海』 | |||||||
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毎木曜掲載・第223回(2021/9/23) ヤンバルの歴史を凝縮した絵本『ジュゴンの帰る海』(作・浦島悦子 絵・なかちしずか、ハモニカブックス、2021年7月刊、1500円) 評者:佐々木有美20年前の2001年、ジュゴン保護のビデオ制作のため、沖縄県名護市の東海岸を訪れた。「ジュゴンの見える丘」と呼ばれる丘に立ち、6月の光あふれるサンゴ礁の海を見わたせば、この世のものとは思われない透明さと平安さに心が満たされた。この絵本の著者・浦島悦子さんとお会いしたのもその時である。1990年に鹿児島から名護市安倍(アブ)に移り住んだ浦島さんは、ライターとして沖縄の基地問題・環境問題を熱心に発信していた。浦島さんには、ヤンバル(沖縄北部)の山を案内してもらった。その時、教わったのは、「山のはぎね、海のはぎん」の言葉。山が荒廃すれば、海も荒廃するという沖縄の諺だ。 沖縄と言えば、基地問題。基地が諸悪の根源と思っていた私に、浦島さんは、米軍基地の見返りとして沖縄にもたらされる莫大な補助金が、公共事業となって自然を破壊していると語った。事実、当時の新基地予定地の大浦湾には、大量の赤土が流れ込んでいた。赤土は、命のゆりかごと呼ばれるサンゴ礁を窒息させる。ジュゴンの棲む海は、二重に侵されつつあった。 絵本は、 安部の浜近くの「オールー」島から始まる。時は戦前。主人公の少女マカトは、島の岬に広がる天然の芝生でうたた寝をしている。脳裏に、ある光景が甦った。先述の取材でこの島を訪れたとき、断崖絶壁を登りジャングルをかき分け、たどり着いたのがこの広大な芝地だった。自然のステージとその前に広がる紺碧の海。その岬は、しばしばジュゴンが現れる場所として知られていた。 マカトの人生を辿った40ページの絵本には、ヤンバルの歴史が凝縮されている。戦前の沖縄では貧しさゆえに多くの人々が島外に出稼ぎに出た。マカトの両親も、パラオ(当時の日本の委任統治領)に行き、マカトは祖父母と暮らしている。戦争が始まり、島の南からたくさんの人が逃げてきた。米軍の空襲を避けて昼は山の小屋にこもり、夜は家に帰って芋を掘りご飯を炊いて山にもどる日々。食料は尽き、病気で多くの人が死んでいった。 マカトとジュゴンとの出会いは神秘的だ。海草を食べ、平和に暮らすジュゴンは、人間を守ってくれる「神のつかい」と信じられていた。マカトは小さなころ、ジュゴンの親子と出会った。その後も何回か人生の節目にそのジュゴンが姿を現す。ジュゴンは、両親と離れたマカトの心の支えになった。戦争中の夜の海で、マカトは子どものジュゴンと遊び、戯れる。なかちしずかさんの絵は、のびやかであたたかい。 そして敗戦。究極の食糧難に、村人たちは、残された爆弾で作ったダイナマイトを海に仕掛け、大量の魚を捕った。「神のつかい」のジュゴンも食料とされた。ジュゴンは食べつくされていなくなったと人々は思っていた。そのジュゴンが再び姿を現したのは1998年、辺野古に米軍の新基地建設が決まった翌年だった。日本テレビが空中撮影に成功した。その後もたびたびジュゴンは姿を現した。ジュゴンの海を埋め立ててはいけないという声が湧き起こった。 その後の経過はご存知のとおりである。沖縄の人々の反対の声を押し切って新基地建設は、続いている。ジュゴンは姿を見せなくなった。しかし、著者の「あとがき」によれば、最近これまで知られていなかった、石垣島や宮古島、沖縄周辺の小さな島々でジュゴンの目撃情報が相次いでいるということだ。ジュゴンは今も生きている。基地も自然破壊もない沖縄の海に帰る日を待ちながら。 *「週刊 本の発見」は毎週木曜日に掲載します。筆者は、大西赤人・志水博子・志真秀弘・菊池恵介・佐々木有美・根岸恵子、黒鉄好、加藤直樹、ほかです。 Created by staff01. Last modified on 2021-09-23 08:54:22 Copyright: Default |