〔週刊 本の発見〕『海をあげる』(上間陽子) | |||||||
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毎木曜掲載・第189回(2021/1/28) 基地を押しつけているのは誰なのか?『海をあげる』(上間陽子、筑摩書房、2020年10月刊、1600円)評者:佐々木有美読み終わって、逃げたくなった。でもこれを受け止めずに通り過ぎるのは罪だと思った。沖縄出身の著者上間陽子は、いま沖縄で若年出産した女性の調査を続けている。初のエッセイ集には、自分の日常や、調査した若者たちのことばが記されている。17歳の若い母親は、小学生のころから父親に性暴力を受けていた。精神をやみ、不安定な生活を余儀なくされている彼女に、著者は親身になって相談に乗り、日常のケアまで引き受ける。「彼女たちに苦悩が不均等に分配されていることに、私はずっと怒っている」と上間は書く。 自身の離婚体験を綴った最初のエッセイ「美味しいごはん」は「私の娘はとにかくごはんをよく食べる」という文章から始まる。離婚に至るまでの眠れず食べられなかった辛い日々を救ったのは、友人が作ってくれた粕汁だった。著者は、保育園に通う娘にごはん作りを教え、自分で作ったごはんを食べて、つらいことを乗り越えていってほしいと願う。このエッセイの根底を支えているのは「食べる」ことへの信頼だ。 *写真右=著者(「webちくま」より) 読み進めば、「本土」に住むわたしと沖縄に住む著者の、生活と意識の違いの大きさにたじろぐ。著者はいま、普天間基地のすぐそばに住んでいる。以前は首里に住んでいたが、あえて沖縄の厳しい状況に身を置こうと移り住んだ。後に生まれた娘は飛行機やオスプレイの轟音に怯え、湧水や水道水からは基地由来と思われる有毒物質が検出された。もう水道水も飲めない。「わたしはどこに逃げたらいいかわからない」。「ちょっとずつ我慢しながらここに居続けることが、いつか決定的な間違いになる日が来るだろうか。あのとき逃げ出せばよかったと後悔する日が来るだろうか」。幼い娘とともに生きる著者の不安は、とどまることがない。 2018年12月14日、新基地建設のため辺野古の海に土砂が投入された。著者は、抗議の座り込みに早朝出かける。娘は「海に土をいれたら、魚は死む? ヤドカリも死む?」と尋ねる。そう、海に土砂を入れることは、そこに住む生き物の棲家を奪う事。そして命を奪う事。土砂投入のニュースを東京で聞きながら、そこまでわたしは想像力を働かせていただろうか。もちろん、わかっている。でもそれが魚やヤドカリの姿になってすぐ思い浮かんだろうか。基地建設への怒りは湧いたが、わたしの脳裏に魚の姿はなかった。 著者は、東京で大学院に通った。1995年、沖縄で少女強姦事件の抗議集会が開かれた。彼女の指導教員の一人は、こう言った。「ちょっとすごいよね。八万五〇〇〇は。怒りのパワーを感じにその会場にいたかった」。そのとき黙り込んでしまった著者は、あとでこう言うべきだったと書く。「ならば、あなたの暮らす東京で抗議集会をやれ、である。沖縄に基地を押しつけているのは誰なのか。三人の米兵に強姦された女の子に詫びなくてはならない加害者のひとりは誰なのか。」 「海をあげる」は、切実な著者の願いである。沖縄では亡くなった人たちは海のかなたに行くという信仰がある。そのどこまでも青い海は赤い土で汚されてしまった。暴力にさらされてきた若者たちは、沖縄自身なのかもしれない。「この海をひとりで抱えることはもうできない。だからあなたに海をあげる」。わたしもこの海を引き受けなければならない。 →1.30のオンライン読書会で『海をあげる』を取り上げます。詳細ページ *「週刊 本の発見」は毎週木曜日に掲載します。筆者は、大西赤人・志真秀弘・菊池恵介・佐々木有美・根岸恵子・志水博子、ほかです。 Created by staff01. Last modified on 2021-01-28 09:34:32 Copyright: Default |