本文の先頭へ
太田昌国のコラム : 国立美術館で「奴隷制」展―ふたたび、オランダの動きに触れて
Home 検索


 ●第60回 2021年10月10日(毎月10日)

 国立美術館で「奴隷制」展――ふたたび、オランダの動きに触れて

 今年の3月のこのコラムで「植民地主義克服の新たな動き−オランダから」を書いた。(詳しくは、以下をご覧いただきたい)→http://www.labornetjp.org/news/2021/0310ota
 最近、注目すべき続報があった。出典はまたしても「しんぶん赤旗」で、その9月21日号は「歴史直視するオランダ」「国立美術館が初展示」「17〜19世紀の奴隷酷使、植民地搾取で繁栄」との見出しを掲げた大型記事を載せた(ベルリン駐在の桑野白馬記者)。レンブラントの「夜警」やフェルメールの諸作品をはじめとする名画コレクションで有名なアムステルダム国立美術館(私はこの地を訪れたことはないが、通称名「レイクス」で親しまれているという)で、今年の5月から8月にかけて、特別展「奴隷制」が開催されたのである。ポルトガルとの覇権争いで一定の関わりを持つに至ったブラジル、オランダ史固有の過程を経て植民地支配の対象としたスリナム(もとオランダ領ギアナ)、カリブ海のキュラソー、南アフリカ、インドネシアなどで繰り広げられた史実に基づく展示だという。*写真=展示物の一つ(「オランダの奴隷制展」より)

 主軸は、奴隷制に関わった10人の記録の展示で、奴隷にされた人、奴隷制に抵抗した人、奴隷所有者だった人……さまざまな人物が経た体験を、俳優が音声ガイドで語る。レンブラントが描いた肖像画のモデルとなったアムステルダムの富豪夫婦(マルテン・ソールマンスと妻のオーピエン)も、奴隷制を利用してこそ莫大な富を蓄積できた史実も明かされる。家族で見に来ると、「植民地支配はオランダだけがやったわけではない」と母親が言うと、「まず自国の歴史を振り返らないと、他国の評価はできないと思う」と娘が答えるなど、論議が始まることもあるという挿話も添えられている。

 私はオランダ語を解さないので、文末に記すいくつかの英語の関連サイトを参照しながら、この展覧会が持つ意味を考えてみたい。とりわけ 一番目の美術館のサイトからは、この展覧会が持ち得た大きな意義を感じ取ることができる。

 1)レンブランやフェルメールが活躍した17世紀と言えば、オランダは芸術のみならず、貿易、産業、軍事などの観点から見て全盛期を迎え、今まではオランダの「黄金時代」と呼ばれてきた。だが、これを可能にした背景を探る中で、キュレーターたちは、同館が所蔵する美術品の解釈・位置づけが一方に偏していたことに気づき、美術品展示で使用してきた「黄金時代」という時代区分の呼称をやめることにした。それは2019年のことだったが、これが、全国的に歴史の捉え返しを促す大きな契機となった。

 2)だが、先駆けはあった。2005年、当時のオランダ外相は、インドネシアに対する植民地支配と、独立後の同国に対するオランダ軍の攻撃が、インドネシアの人びとの利益と尊厳を傷つけたことについて、すでに「深い遺憾の意」を表明していた。それは、2020年3月インドネシアを訪問したオランダ国王による、オランダ軍の暴力行為についての謝罪、同じく6月、オランダ軍の虐殺行為による犠牲者の子どもたちへの賠償金支払い――という形で具体化しつつある。

 3)2020年6月、当時のルッテ首相は、米国におけるブラック・ライヴズ・マター(BLM)運動の高まりを受け止め、自国が展開した奴隷制が現代に及ぼした影響を調査する独立委員会を設置した。

 4)2021年1月、オランダ政府は、植民地起源の略奪文化財の無条件返還を決定した。

 5)2021年7月、独立委員会は、大西洋奴隷貿易が「人道に反する犯罪」だと認め、オランダが果たした役割を謝罪するべきだと政府に勧告した。同じ日、アムステルダム市長は、奴隷貿易に「市が積極的に関与した」と公式に謝罪した。

 これらを前提とすると、以下のことがわかる。美術館キュレーターたちが、美術館の展示方法に孕まれる問題群を自覚した2019年、そして首相をはじめとする政治家たちが米国のBLM運動が提起する問題を我が事として受け止めた2020年――それ以降の事態の展開のスピードに、心底、驚く。公的機関や行政が、従来の伝統的な歴史解釈の「改革」「変革」をこんなスピードで進めることなど、思いもよらない社会に生きる身からすれば。だが、「激動期」「革命期」には、人びとの価値観も、歴史意識も、芸術表現も、大きな変革が、急スピードで行なわれていくことは、歴史が教えているところだ。オランダ社会は「時期を摑んだ」のだろう。

 オランダにもこれを「自虐史観」と批判する人びとはいるのだろうが、彼らはどんな「対抗論議」をしているのか。それは論争として展開されているのか。極右勢力はどうしているのか――興味は尽きず、私にとってそれを知ることは今後の課題だ。

 同時に、我が足元に目をやる。私も何度も論じてきたが、この社会とてオランダと同じ問題意識に基づく歴史の「見直し」と無縁だったわけではない。1990年前後からこの社会を席捲してきた、被植民地民衆からの問題提起を受けての歴史論争を思い起こせばよい。だが、支配政党・自民党内の極右派が首相に就いた2006年以降現在に至る15年間の政治・社会過程を振り返れば、これに対抗する私たちが、現在「劣勢」にあることは明らかだ。この違いはどこから生まれているのか。そこを考え抜いて、克服する道を探りたい。

【参照サイト】の一部
https://www.rijksmuseum.nl/en/whats-on/exhibitions/past/slavery 上記美術館サイト
https://www.theartnewspaper.com/2021/07/09/the-big-review-slavery-at-the-rijksmuseum
https://www.bbc.com/culture/article/20210601-how-the-dutch-are-facing-up-to-their-colonial-past


Created by staff01. Last modified on 2021-10-11 16:00:11 Copyright: Default

このページの先頭に戻る

レイバーネット日本 / このサイトに関する連絡は <staff@labornetjp.org> 宛にお願いします。 サイトの記事利用について