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〔週刊 本の発見〕『なぜ中間層は没落したのかーアメリカ二重経済のジレンマ』
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毎木曜掲載・第171回(2020/9/17)

揺れ動くアメリカの現実

『なぜ中間層は没落したのかーアメリカ二重経済のジレンマ』(ピーター・テミン著、栗林寛幸訳、慶應義塾大学出版会、2020年6月刊、2700円)評者:志真秀弘

 アメリカ社会の人種的分断と階級対立が、どれほど深く激しいものかを、コロナ禍に広がったBlack Lives Matterの闘いは世界に知らせた。原書の出版は3年前だが、予言するかのように、本書は揺れ動くいまのアメリカを歴史的・実証的に鋭く浮き彫りにしている。著者ピーター・テミンは、アメリカの著名な経済史研究者で、恐慌研究でも知られる。

 かれはこんにちのアメリカ経済を富裕層と貧困層からなる「二重経済」とみる。アーサー・ルイスの「二重経済論」は、途上国経済を「資本主義部門」と大多数の農民からなる「生存部門」に分かれていて、生存部門からの低賃金労働力をテコに資本主義部門が拡大し、途上国経済はそれによって発展するととらえた。著者はこの「ルイス・モデル」をアメリカ経済の現状分析に援用する。アメリカをFTE(金融・技術・電子工学)部門に牽引される20%の富裕層と低賃金に押さえ込まれた80%の貧困層とに分けられた「二重経済」とかれはみる。富裕層は、いまや貧困層に接点もなく関心も持たず、アメリカ経済は停滞し、とどのつまり途上国型に落ち込んでいると著者テミンは指摘する。1970年に「中間層」は、全米家計総所得の62%を占めたが2014年には43%に落ちこみ、同じく29%だった上位層は49%を占めるに至る(ピュー・リサーチ・センター 2015年)。アメリカの富の象徴とされた「豊かな中間層」は、たしかにこの50年でほとんど潰えたといっていい。

 社会の変容に加えて、アメリカでは歴史的な人種問題が複雑に関わる。いまアメリカの人口は約3億2千万人で黒人は15%、中南米からの移民は17%とされる。ラテンアメリカからの移民は90年代末から急速に増えた。大多数の黒人、中南米系移民は貧困層に入るが、48%つまり貧困層の半数以上は白人である。そこから所得の不平等が目立ち始めると「人種差別は富裕層の道具となり、貧しい白人に黒人への優越感をかき立てて、経済的な窮状から目を逸らさ」せる政策が、意図的に採られることになる。

 歴史をみても1920年代から70年代まで続いた南部農村から北部の都市工業地帯への600万人に及ぶ黒人家族の「大移動」は、決して安定した生活をもたらしはしなかった。大移動の終わる70年代に入るとすぐに、都市に移り住んだ黒人を狙い撃ちするかのように「薬物との闘い」が宣言される。そして90年代には50万人だった囚人数は、いま200万人を越し、しかもその40%が黒人である。著者テミンは、すぐに黒人男性の三分の一超える人が収監経験を持つことになると書いている。「大量投獄・居住隔離・選挙権制限」は人種差別政策の中心だと指摘したうえで、その実態をいくつものエピソードを交えながら、著者は告発する。またこの選挙権制限撤廃のたたかいで、人種とジェンダーが交差したことにもかれは注意を促している。

 富めるものはますます富み、しかも少数になることに対応して、選挙は「カネ次第」になり、公教育は崩壊し「学資ローン」地獄をもたらし、都市のインフラは民営化されて荒廃し、国家予算は軍事と富裕層減税に費やされといった現状も、それぞれの章で詳細に分析される。

 こうして現代アメリカの全体像を、本書は詳細な分析と生き生きとした筆致で描く。トランプに熱狂する人たちやそれと対立するサンダース支持の若者たちの実像さえ、この文章の向こうに浮かび興味は尽きない。ぜひ一読をお勧めする。

*「週刊 本の発見」は毎週木曜日に掲載します。筆者は、大西赤人・志真秀弘・菊池恵介・佐々木有美・根岸恵子、ほかです。


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