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山口正紀のコラム : 菅〈臭いものにフタ〉政権誕生を助けたメディア
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●山口正紀の「言いたいことは山ほどある」第7回(2020/9/18 不定期コラム)

菅〈臭いものにフタ〉政権誕生を助けたメディア〜放棄された「アベ政治の7年8か月」の検証報道

 戦後最悪・最長の7年8か月続いた安倍晋三政権に代わって9月16日、菅義偉・新内閣が発足した。菅氏は自民党総裁選で「安倍路線の継承」をアピール、石破茂氏、岸田文雄氏を大差で破り、圧倒的多数の支持で新総裁に就任した。

 だが、「安倍路線の継承」の実態は、「モリ」「カケ」「桜」をはじめとした政権私物化の疑惑追及を封じ込め、「安倍疑惑=臭いもの」にフタをすることだった。それを追及すべきマスメディアは次期総裁レースの中継にうつつをぬかし、何よりも求められていた「アベ政治」7年8か月の検証をほとんど放棄、菅「臭いものにフタ」政権誕生をアシストした。

《検証 自民総裁選/「石破阻止」安倍首相動く/「後継は菅氏」麻生・二階氏乗る》――「安倍路線の継承」が何より「疑惑追及封じ」であったことを物語る記事が、菅政権誕生当日の9月16日、自民党の広報紙化して久しい『読売新聞』3面に掲載された。

 記事は、《安倍首相が菅官房長官を事実上、後継指名し、圧勝へと導いた》とし、安倍首相が8月28日の辞任表明前に菅氏の出馬を確認、安堵したとして、こう書いている。

《首相が総裁選で最も警戒していたのは石破氏に支持が集まることだった。石破氏は森友・加計問題の再調査や、沖縄県の米軍普天間飛行場の名護市辺野古への移設について再検討を行なうことを主張するなど、「安倍路線」の転換を訴えていただめだ》

 要するに、森友、加計、桜の会など疑惑のもみ消しに奔走した腹心の菅官房長官を「後継」に据え、疑惑の再調査を封じること、それが安倍氏の至上命題だった。それを森友文書改竄で手を貸した麻生太郎財務相と二階俊博幹事長の大ボス2人が支持した。

 翌29日、菅氏は二階幹事長らと会談、幹事長はその場で菅支援を表明し、各派閥は「菅支持」へ雪崩を打った。菅氏が正式に出馬を表明したのは9月2日夕。その時点で石破派、岸田派以外の5派閥が「菅支持」で結束し、総裁選は事実上終わっていた。

 菅氏は出馬表明の記者会見で、安倍政権が覆い隠そうとしてきた「臭いもの」に改めて「フタ」をする方針を表明した。記者から森友・加計問題について質問されると、森友問題については「財務省関係の処分が行われ、検察も捜査を行い、すでに結論が出ている」と述べ、加計問題についても「法令にのっとり、オープンなプロセスで検討が進められてきた」と強弁、いずれも「再調査する考えはない」と明言した。


*臨時国会開会日行動で声を上げる市民

 メディアは菅氏のこうした対応をどう報道したか。9月3日付各紙は1面トップで、《菅氏、安倍路線を「継承」/総裁選立候補へ会見》(『朝日新聞』)、《菅氏、安倍路線を「継承」/自民総裁選 出馬正式表明》(『読売』)などと報じた。だが、「継承」の中身が森友・加計問題などの疑惑隠しであることは、ほとんど問題にしなかった。

 8月28日の辞任表明会見で安倍首相は「在任中に残したレガシー(遺産)」を問われ、「国民の皆さん、歴史が判断していくのかと思う」と白々しく答えた。安倍退陣後、メディアに求められていたのは、「アベ政治の7年8か月」を徹底検証することだった。

 アベノミクスの「異次元金融緩和」は株価上昇と大企業の業績回復をもたらしたが、利益は企業の内部留保に回され、労働者の賃金は上がらなかった。それどころか2度の消費税増税によって中小零細企業は経営を圧迫され、労働者の実質賃金は大幅に低下、非正規雇用の割合は4割近くにも増え、貧富の格差が著しく拡大した。

 「外交の安倍」を売り込み、「外遊」に励んだが、仲良くしてくれたのはトランプ米大統領だけで、実はほとんど相手にされなかった。最も重要な日中・日韓関係は悪化の一途をたどり、北方領土問題をめぐる日露交渉や日朝国交回復・拉致問題はまったく手つかず。結局、トランプの言いなりに米国製兵器を爆買いした「負の遺産」だけが残った。

 国内政治では、「任期中の憲法改正」を掲げ、野党・市民の反対を数の力で押し切る「アベ一強」の強権政治が常態化した。2013年12月・特定秘密保護法制定、14年7月・憲法解釈変更で集団的自衛権の行使容認を閣議決定し、15年9月・安全保障関連法成立、17年6月・「共謀罪」法成立……。17年7月の都議選ではアベ政治に抗議する市民に「こんな人たちに負けるわけにはいかない」と敵意をあらわにした。

 2013年のIOC東京五輪招致演説では、フクシマの原発事故汚染水を「アンダーコントロール」と強弁したが、コントロールされたのはメディアだけ。沖縄・辺野古基地問題では軟弱地盤が発覚し、当初計画に比べて工期で2倍、費用は3倍に跳ね上がるとわかっても、工事中止を求めるオキナワの声を無視して埋め立てを強行している。

 それらの過程で、「モリ」「カケ」「桜」をはじめとした政権私物化が横行していた。その疑惑もみ消しに動員された高級官僚の間に「忖度」がはびこり、ついには財務省幹部が命じた公文書改竄によって、痛ましい犠牲者を生み出してしまった。

 そうして、新型コロナ対策のドタバタだ。当初は五輪優先の楽観論から検査・医療体制の整備が後手に回って感染拡大。その後は唐突な全国一斉休校やアベノマスク配布、強権的な緊急事態宣言などちぐはぐな対応に終始した。「自粛」を強いられた市民の補償は後回しにされ、「非正規」や女性、外国人労働者を中心に多くの「コロナ失業者」が作られた。

 もしメディアがこうした「負の遺産」をきちんと検証しようとすれば、膨大なスペース・時間を要したはずだ。新聞はそれなりにアベ政治検証の緊急連載を行なった。《考 最長政権》『朝日』、《総括 安倍政権》(『読売』)、《「最長」のおわり》(『毎日新聞』)、《一強の果てに 安倍政権の7年8か月》(『東京新聞』)。中でも『東京』の連載は、日頃の同紙の報道姿勢を反映し、批判的視点に立った鋭い検証記事だったと思う。

 だが、こうした検証報道は長くは続かず、疑惑追及も尻切れトンボに終わった。報道の中心は、総裁選をめぐる自民党内の駆け引きなど、政治部主導の「政局報道」に置かれた。とりわけ世論への影響力の大きいテレビは、朝・昼・午後のワイドショーから夕方・夜のニュース番組に至るまで、「アベ政治の検証」と言えるような報道はほとんど行わなかった。それは、アベ政治の「臭いものにフタ」を使命とする菅氏に有利に働いた。

 その「成果」が、『東京』9月10日付2面《次期首相に菅氏50%》の記事だ。共同通信が8・9日に行った世論調査の結果、「次期首相にふさわしい」人として、菅氏が50%、石破氏が30%、岸田氏が8%となった。前回、8月29・30日に実施された同じ調査では、石破氏が34%、菅氏が14%、河野太郎氏が13%だった(8月31日付)。

 わずか10日余りの間に、自民党総裁選をめぐる「世論」は信じ難い大逆転を起こした。それをもたらしたのがメディア、とりわけテレビの「大勢翼賛」報道だった。

 9月16日に発足した菅・新内閣は、20人の閣僚中、麻生副総理をはじめ再任が8人に横滑りが3人、党三役も二階幹事長の留任など、安倍内閣の改造人事かと思わせられる顔ぶれ。事実上の「第3次(大惨事?)安倍政権」と言うべきものになった。

 メディアが「秋田の農家の出で、地方を大事にする人」「世襲議員が多い中、数少ない叩き上げの苦労人」「笑顔の優しい令和おじさん」などと持ち上げる菅首相だが、その素顔は「傲慢に反対意見を切り捨てる独裁者、弱者に冷酷な新自由主義者」だ。

 総裁選出馬の記者会見で、菅氏は「国の基本は自助・共助・公助だ。まず自分でやってみて、地域や自治体が助け合う。そのうえで政府が責任を持って対応する」と述べ、首相就任会見でも「自助・共助・公助」を「目指す社会像」として強調した。

 コロナ不況で収入を失った人や職を奪われた人たちが生活保護を求めて役所に足を運んでも、「まず自分で何とかしろ」とばかり冷たく突き放され、人間としての尊厳を傷つけられる(9月16日放送「レイバーネットTV」特集)。それが日本社会の現実であり、しかも新しい首相の考える「国の基本」「目指す社会像」なのだ。

 税金で運営される政治・行政の基本は「公助」だ。足りない分を地域で「共助」し、それらの助けを得ながら、弱い立場に置かれた人が「自助」できるようになっていく。そういう温かい社会を否定し、自己責任で切り捨てる冷酷な新自由主義者が、新しい首相だ。

 もう一つ、菅氏の独裁的性格を物語るのが、官邸記者会見で常用した言葉だ。記者の質問を、「ご指摘には当たらない。ハイ次」「まったく問題ない。ハイ次」と問答無用で切り捨てていく。質問で指摘されたことについて、なぜ「指摘に当たらない」のか、「問題がない」のか、その理由を何も示さず、説明を一切省いて答弁したことにしてしまう。恐るべき傲慢さであり、異論・反論を許さない独裁者の振る舞いである。

 ところが、それにスクラムを組んで抗議・対抗すべき内閣記者会の常連メンバーは、菅氏の対応を容認し、逆に『東京』の望月衣塑子記者のような粘り強く質問を重ねる記者を「異分子」扱いして、守ってこなかった。それが記者クラブの情けない現実だ。

 9月13日付『東京』の「本音のコラム」に、「日本国民は蒙昧の民か」と題した前川喜平氏のコラムが掲載された。安倍首相の辞任表明前の8月22・23日に共同通信が行った世論調査で36%まで落ちていた内閣支持率が、辞任表明直後の29・30日の調査で56%に跳ね上がった。前川氏は《一週間や十日でここまで極端に意見を変える国民が民主国家の主権者たり得るだろうか》と疑問を投げかけ、魯迅の『阿Q正伝』に登場する無知蒙昧の民阿Qに成り下がったのではないかと嘆いた。そのうえで前川氏は、「賢い国民が育つために決定的な役割を果たすのはメディアと教育だ」と指摘した。

 その通りだと思う。アベ政治の検証をきちんと行わず、菅〈臭いものにフタ〉政権をやすやすと誕生させた大きな責任がメディアにはある。(了)


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