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〔週刊 本の発見〕『フロンティアの文学ー雑誌『種蒔く人』の再検討』
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毎木曜掲載・第133回(2019/11/7)

新しい時代の曙を知らせた雑誌

『フロンティアの文学ー雑誌『種蒔く人』の再検討』(種蒔く人文芸戦線を読む会、論創社、2005年)/評者:根岸恵子

 本書は大正時代に発刊された同人誌『種蒔く人』を題材に、今ある10人のプロレタリア文学研究者によって書かれた研究論文を編集したものである。プロレタリア文学に精通していないと、文章中の固有名詞に戸惑うかもしれないし、読み物としては硬いかもしれない。しかし、大正デモクラシーというある種の明るいイメージを持った時代背景とは異なる差別や貧困、弾圧の下で蠢く人々や戦争の近づく不穏さを描く小説に、今私たちの時代と重なることを考えれば、この本はある意味で興味深いかもしれない。あくまでも文学論としてではなく、一つの社会運動論ととらえれば、『種蒔く人』の創刊者や健筆をふるった作者の思いを受け止めることにもなるかもしれない。また、弾圧が厳しくなるなか命がけで執筆したプロレタリア文学作家たちの作品を読みたいと思ってくれれば、この拙文たる書評も意味があるかもしれない。

 『種蒔く人』は1921年に秋田で、金子洋文、小牧近江、今野賢三らによって創刊され、のちに東京で出版されることになる。本書の中で高橋秀晴氏は今野の文章を引用し、「フランスから『新しい思想、新しい文学、新しい理論』を持ち帰った小牧と、社会主義的傾向に寄り添いつつあった金子、無産階級文学を志していた今野らの存在があった」と述べている。実際は、フランスから戻った小牧がクラルテ運動を日本で実践しようとして始まったものである。クラルテ運動は、アンリ・バルビュスらが第一次世界大戦の悲惨さから反戦平和を目的に始めた文芸運動で、クラルテは「光明」などと訳される。小牧はフランスでバルビュスと交友し、『異国の戦争』と題する反戦小説を書いている。その辺のことは本書の中で、祖父江昭二氏と大崎哲人氏の論稿の中で詳しい。「バルビュスと小牧の時代を共有した約束は、クラルテ運動の日本版として『種蒔く人』に結実し、これによって日本のプロレタリア文学運動は、反戦思想のほかにインターナショナル性を吹き込まれることになる」。21年10月に創刊された東京版からは、裏表紙に「『種蒔く人』の宣言」が載っており、創刊号は発禁となったが、その宣言には伏字がなかったとある。しかし、2号目以降は「見よ。僕たちは現代の真理のために戦ふ。…僕たちは生活のために革命の真理を擁護する。種蒔く人はここに於いて立つー世界の同志と共に」の部分に伏字が入ることになる。*写真=秋田市立土崎図書館の前にある「種蒔く人」の碑

 反戦平和でいえば、21年12月号で「アンチミリタリストの立場」を特集し、武者小路実篤の「戦争はよくない」という詩を掲載している。また、シベリア出兵に批判する号は発禁となっている。しかし、『種蒔く人』が目指したのは反戦平和にとどまらず、22年の6月号で「芸術運動に於ける共同戦線」と題し、「…社会運動と戦線をともにするために、より大いなる輪郭を有する共同戦線を形成しなければならぬ必然到着する」と書き、共同戦線を謳うことで、思想運動と社会運動が芸術活動と不可分の関係にあることを訴えた。大和田茂は本書の中で「『種蒔く人』という雑誌は、文芸、思想にとどまらず、実に多面的である」と述べている。それが水平社運動や無産婦人、無産青年,農民などへの特集になった。

 『種蒔く人』は関東大震災によって終刊を迎えることになる。前後して青野季吉らによって『文藝戦線』が立ち上げられ、運動は引き継がれることになる。布野栄一氏の文章にそこのところは詳しく、青野季吉が挙げる「種蒔き社」が解散した理由を述べている。経済的理由と〈団体的統制から離反した者〉による解散であったという。一般的には司法・警察などによる激しい弾圧によるとされているので、それも事実であると思う。実際、関東大震災はショックドクトリンの典型的な統制の開始を意味し、それ以後の日本の軍拡への道を確かなものとし、さらなる弾圧へと表現者たちを追い込んでいくのである。

 『種蒔く人』は終刊となるが、 震災後に起きた朝鮮人虐殺と亀戸事件に関して「種蒔き社」は『種蒔く人 帝都震災号外』『種蒔き雑記』を出すことになる。その辺のことは李修京氏の文章に詳しい。当時の大新聞が事実を報道しないことを批判し、抗議の意を明確に打ち出している。24年にILOの国際会議のためにパリを訪れた小牧近江は『ユマニテ』に『種蒔き雑記』の訳を渡すと、それが掲載され、国際社会に訴えることになった。

 本書のあとがきに「『種蒔く人』は…文学的にも歴史的にも重要な意味を持つ雑誌である。マルクス・レーニン主義を定着させた雑誌としてプロレタリア文学の先駆けでもある。震災後に創刊された『文藝戦線』へとつながっていくことを考えても、新しい時代、新しい文学の曙を知らせる雑誌であることから、書名を『フロンティアの文学』とした」とある。私たちはいま、「表現の不自由展」や映画「主戦場」の権力からの圧力を受けている。私たちはもう一度、あの時代を再考し、何のために闘うのかを問い直す必要があるかもしれない。その時に『種蒔く人』はフロンティアとして大きな意味を持つのだと思う。

*「週刊 本の発見」は毎週木曜日に掲載します。筆者は、大西赤人・渡辺照子・志真秀弘・菊池恵介・佐々木有美、根岸恵子、杜海樹、ほかです。


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