〔週刊 本の発見〕『アマゾンの倉庫で絶望し、ウーバーの車で発狂したー潜入・最低賃金労働の現場』 | |||||||
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毎木曜掲載・第105回(2019/4/18) 光はどこにあるか?『アマゾンの倉庫で絶望し、ウーバーの車で発狂したー潜入・最低賃金労働の現場』(ジェームズ・ブラッドワース、濱野大道訳、光文社、1800円、2019年3月刊)/評者:志真秀弘ここはイギリス、時は2016年から17年にかけて。著者はひとりのジャーナリストとして、21世紀イギリスの労働者階級の生活を捉えるために四つの労働現場に入る。アマゾンの倉庫、訪問介護、コールセンター、そしてウーバー。読み始めるとかつての労働現場と今のそれとの相違に驚く。すべてがコンピューターに管理され、統制されていてわずかにはみ出すことも許されない。 たとえばアマゾンの倉庫は、イングランドの中部スタッフォードの片田舎にあって、サッカー場十面分はある。およそ1200人の労働者、その多くはルーマニア移民。かれらは、納入された商品を確認し開封するグループ、商品を棚に補充するグループ、注文された商品をピックアップするピッカーたちのグループ、商品を箱詰めして発送するグループの四つに分けられている。食事は30分以内に済ませなければならず、トイレにいくのも怠けている時間に繰り込まれる。ピッカーたちは、手持ちの端末を持たされ、すべての動きは、コンピューター画面で追跡される。端末には「ペースが落ちています」「ピッカー・デスクに今すぐ来てください」などの指示がたえず送られる。 達成感のまるでない、それでいて目標の達成だけは強制される。ところがピッキングの基準を達成しても、風邪をひいたといって連絡しようものならそれだけでクビになる。人間を人間として扱わないこの有様は読んでいて息苦しくなる。 アマゾンの倉庫が救いの神よろしく進出したのは、すべて炭鉱が閉山された町々。が、とどのつまりもたらされたのは地域のいっそうの衰退だった。1980年台半ばには労働者の五人に一人が製造業で働いていたが、2013年には十二人に一人に減ってしまった。危険と生きがいとが背中合わせにあり、誇りを語る元炭鉱労働者たちが本書にも現れる。だが、1984年スカーギルの率いた炭労の敗北を最後に、かれらは「古き良き時代」を懐かしむ人たちになってしまった。それから三十年余、「誇り」の源であった労働は反対に尊厳を奪うものへと変貌する。年老いた労働者が罵倒されクビになり、粗末な身なりの老婦人に手を取られてアマゾンの倉庫から夜の闇に消えていくエピソードは時代と労働の変化を示す象徴かもしれない。 「ゼロ時間契約」や、派遣・臨時などの不完全雇用は2008年の金融恐慌後急増した。資本による世界の均質化が、イギリスにとどまらず先進各国に同じ状態をもたらしていることは言うまでもない。一方で、「労働組合がなんなのかさえ知らない」若い労働者も多い。アマゾン倉庫で働く娘クレアはその一人。彼女たちには、終身雇用は「フロッピーディスクやVHS」のように時代遅れなものとしか思われていない。しかし彼女はトランスジェンダーの友人が上司に辱めを受けたことを「人種差別と同じくらいひどい」と憤る。 若い世代には性差別も大きなきっかけになる。尊厳を丸ごと否定される今の職場ではあらゆることが契機になりうるし、どんなことから光がさすかわからない。旧来の労働運動の固定観念を振り回さないことが大切なのだろう。コールセンターでは大卒者が学費ローンを抱えて働く現実が、ウーバーではアプリに振り回される“名ばかり自営業”の実態が明かされる。 著者ブラッドワースは幾人もの忘れがたい労働者を登場させてその人間性をいきいきと描き、現代の労働者階級の物語を創り上げた。ルポルタージュの傑作がここにまたひとつ生まれた。 *「週刊 本の発見」は毎週木曜日に掲載します。筆者は、大西赤人・渡辺照子・志真秀弘・菊池恵介・佐々木有美・佐藤灯・金塚荒夫ほかです。 Created by staff01. Last modified on 2019-04-18 12:26:25 Copyright: Default |