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毎木曜掲載・第90回(2019/1/3)

誰でも、今から、漫画が描ける!

●『労働者のための漫画の描き方教室』(川崎昌平、春秋社、2018)/評者:壱花花

 漫画大国、日本。読み手はごまんといる。“食える”人は少ないが、同人誌やネットを発表の場とする人を含めれば、描き手もかなりの数にのぼるだろう。プロを目指すにせよ趣味で楽しむにせよ、描き手は一度は「漫画の描き方」のハウツー本を手にしたことがあるにちがいない。そこにはキャラクターや風景の描き方、コマ割りの方法、ペンや漫画制作ソフトの使い方など、手取り足取り書かれている。だがそれらの本では、「何のために描くのか」「何を描いたらいいのか」という動機やテーマについては、各人に委ねられている。要は「自分で見つけなさい」ということだ。結構な放置プレイである。

 実は、漫画を描くためにはこの「何のために」「何を」が一番大事なことだと思う。私が風刺漫画を描くようになったのも、漫画を描くことが好きだったからというわけではない。安倍政権発足によって戦争への道が加速されることに危機感を持った2006年。自分に何ができるだろうと考えた時に、チラシの裏にいたずら描き程度に描いてきた漫画で社会風刺をしてみようと思ったのである。花鳥風月を描く絵画ならば画力が求められるが、漫画は文と絵のハイブリット文化だ。自分の画力の無さを開き直るわけではないが、いわゆる「ヘタウマ」でもプロとして活躍している漫画家もいることが、文(≒内容)>絵である証左となるだろう。

 常々そう思っていたところへ手にしたのが『労働者のための漫画の描き方教室』。著者は過重労働で心身をすり減らす日々の中、通勤電車の中などで寸暇を惜しんで漫画を描くことによって、「溜まった何かを吐き出していく」「吐き出すことで、どうにか精神の安寧を保てた」という。ストレスを癒すならば漫画じゃなくて他の趣味でもいいんじゃない?という意見については、「趣味で気分転換しろって話をしたいわけじゃない。どう戦うかの問題だ」と説く。動機はどうやってつくるの?という質問に対しては、「仕事で見つけた怒りを自分の武器にして、きっかけをつくるんだ」と。表現とは思考のための道具であり、「何でもいいから、労働に対して自分の考えを持ってみて」と呼びかける。

 ではなぜ漫画という表現を選ぶのか。それについても著者の答えは至って明快。労働者は時間が限られているから、300枚の小説を時間かけて書いて、それを誰かに読んでもらうのは大変だ。漫画なら効率的に他者と表現を共有できる、と。ここまで読んできて、私が風刺漫画を描くようになった動機と、これまで感じてきたことと全く同じだったため、「そうそう、これが言いたかった!」と膝を打った。

 え、でも漫画なんて描いたことない…と尻込みしなくても大丈夫。極端な話、円と線と点が描ければ漫画は描けると著者は説く。むしろ背景を過剰に描くことは多くの労力を費やすし、豊かな表情は紋切り型の表現を生むので不要である、との試論を展開する。本書は冒頭で述べたようなハウツー本とは全く違うのだ。漫画の技術的な描き方を教えてくれると期待してはいけない。「漫画で大切なのは技術(テクニック)でも物語(ストーリー)でもない。何を伝えたいかという熱意(パッション)なんだ」と言い切る。熱意さえあれば誰でも、今から、漫画が描けてしまう。ある意味ものすごく実践的な本だ。

 レイバーネットではこれまでにも映像、写真、音楽、川柳、評論など労働者が表現する様々な文化活動に力を入れてきた。私も細々とこの場で漫画を発表してきたが、この数年は日々の労働に忙殺され、ペンを握る日が少なくなっていた。本書を読んだことによりあらためて描きたい、描かねばという熱意がわき起こった。願わくば、この本を通じて風刺漫画の同好の士が現れることも期待している。

 なお、著者は『ネットカフェ難民―ドキュメント「最底辺生活」』(幻冬舎新書2007年)、『若者はなぜ正社員になれないのか』(筑摩新書2008年)などの著作もあり、労働問題の“今”を伝え続けてきた経歴の持ち主。その積み重ねの上に、この本がある。

*「週刊 本の発見」は毎週木曜日に掲載します。筆者は、大西赤人・渡辺照子・志真秀弘・菊池恵介・佐々木有美・佐藤灯・金塚荒夫ほかです。


Created by staff01. Last modified on 2019-01-05 10:32:47 Copyright: Default

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