JR北海道「レール検査データ改ざん裁判」が結審 傍聴して浮かんだJR北海道の「重大疑惑」/安全問題研究会 | |
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11月27日午後、休暇を取って、私は札幌地裁802号法廷の前に並んでいた。今日、この法廷で行われる被告弁護側の最終弁論をもって1つの裁判が結審を迎える。JR北海道で起きたレール検査データ改ざん事件の刑事裁判だ。 5年も前の出来事なので、もう一度、経緯を見ておこう。2013年9月19日、JR函館本線大沼駅付近を走行中の貨物列車のうち貨車4両が脱線する事故があった。この事故の1年前(2012年10月)の検査で、事故現場ではレールの幅(JRの在来線の場合、通常は1067mm)が20mmも広がっており、JRもそれを確認しながら放置していた。19mm以上のレールの広がりは15日以内に補修する社内規則がありながら、人手不足のため放置されていたのだ。 この事故では、運輸安全委員会が委員を派遣して事故調査を実施。その過程で「本物」のレール検査数値を記載した紙の台帳をこっそり破棄し、パソコン上のデータに転記する際に検査数値を「補正」した台帳を提出したとされる。JR北海道保線担当社員らのこうした行為が鉄道事業法及び運輸安全委員会設置法違反(虚偽報告)に当たるとして、北海道警が強制捜査に踏み切る。2016年2月、当時の保線担当幹部3人のほか、両法の「両罰規定」(個人と併せて犯罪行為を指示した法人の処罰を認める規定)に基づいて、法人としてのJR北海道も起訴され、刑事裁判が続いてきた。前回、9月27日の論告求刑公判で、検察側が法人としてのJR北海道に罰金100万円を、また保線幹部3人に罰金20〜40万円を求刑。今回、被告弁護側の最終弁論で結審することになったのである。 今回は結審ということで、ひときわ注目されたようで、普段より大きい札幌地裁802号法廷が使われたが、事件自体は札幌簡裁に係属している(罰金額140万円以下の事件は簡裁でも取り扱うことができるとする裁判所法の規定による)。13時40分過ぎ、メディアによる法廷内の代表撮影の後、13時45分に開廷、3被告のほか島田修JR北海道社長も入廷する。2016年11月にJR北海道が「単独では維持困難」とする10路線13線区を公表して以降、ローカル線廃止問題をめぐって、安全問題研究会はJR北海道と激しいせめぎ合いを続けている。私は、入廷する島田社長を思わず睨み付けた。 裁判は闘いである。刑事、民事を問わず、どちらの陣営も自分たちに有利な証拠や事実は積極的に援用し、不利な証拠や事実は黙殺し、自分たちに有利なストーリーを作り上げる。この裁判を傍聴するのは今回が初めてであり、前回の論告求刑を傍聴していない私には、検察側が有罪へ向けどんな筋道を立てたのか知ることはできない。しかし、今日の最終弁論を傍聴した限りでは、弁護側主張には筋が通っており、ストーリーに破たんはないように思えた。 今日の法廷で明らかになった驚くべき事実がいくつかある。JR北海道では、軌道変位(線路のズレ)を計測するため、可搬式軌道変位計測装置(トラックマスター、略称トラマス)を使っているが、トラマスは万能ではないとわかったことだ。測定ピッチが0.5m単位とおおざっぱなことに加え、測定位置等のズレなどもしばしば起き得るとされる。「測定ミスで2回測ったこともある」と証言する社員もいたことも明らかにされた。民営化以降のJR各社は、現場の人減らしを機械化で補っているから安全性は低下しないとして、人員削減を正当化してきた。しかし、その機械化がこんな状態では現場力が低下するのは当然だ。「人手不足で目の前の仕事に追われ、極度の繁忙状態。軌道変位の数値をじっくり確認する余裕はなかった」と人減らし合理化による現場疲弊を訴える証言もあった。 しかし、それすらも大した問題ではないと思い知らされる重大証言が飛び出す。トラマスに入力されているデータがそもそもデタラメだったことだ。最悪の例で言えば、曲線半径が230mのところ、400mとデータ登録されている場所もあったという(この「400m」という数字に私はピンときたが、それについては後述する)。多くの保線社員の間で「もっと半径が小さいのではないか」「もっとあのカーブはきついはず」という会話が保線担当社員の間で交わされていたという重大証言も飛び出した。被告弁護側は保線担当社員らのこうした感覚を「保線実務家としては自然な認識」であると主張。「被告らの取った行為が改ざんであるならば、改ざん後の検査数値が客観的に見て説明できないものであることを検察側が立証できなければならないが、そうなっていない。被告らは一貫して、検査数値に正されるべき誤りがあったとの認識の下、改ざんではなく誤った数値の訂正を行ったものである」として3被告全員に無罪を求めた。 弁護側はこの他、3被告が「通り変位」数値に一貫して関心を抱かなかったとする検察側の有罪立証を崩すための主張を繰り広げた。この脱線事故の原因のひとつが、レール幅が広がる「軌間変位」であったことは運輸安全委員会の事故報告書(2015年1月公表)でも指摘されているが、弁護側は「事故現場で車輪が線路内側に落ちるなどの状況から、3被告が軌間変位脱線を疑っていた以上、保線実務家の感覚として通り変位数値に関心を失うことに不自然はない」とした。「通り変位」とは、2本のレールが同じ方向、同じ幅で揃ってずれることである(弁護側は主張していないが、カーブでの遠心力は速度の2乗に比例し、その遠心力がカントで吸収しきれなかった場合、そこから発生した横圧はカーブ外側に向かって働くから、通常「通り変位」はカーブ外側に向けて発生する)。保線がきちんと行き届き、犬釘などの「締結装置」に不具合がない限り、レールは枕木にしっかりと固定されているから、列車の遠心力による横圧があったとしても、それは2本のレールが揃って動く「通り変位」になる。逆に、軌間変位は締結装置に不具合があった場合に発生する。3被告が現場の状況から脱線原因として軌間変位を疑ったことによって、通り変位ではないと判断し、それへの関心を失ったとしても何らおかしくないとして、それを根拠に有罪とした検察側に反論したわけだ。 <参考> この日の最終弁論はおおむねこのような内容だった。もちろん裁判ではいずれの陣営も自分たちに有利な事実や証拠のみに依拠して闘う。不利な事実や証拠をあえて採用することは通常はないであろう。運輸安全委員会の報告書とこの日の最終弁論内容を見比べて、通り変位が今回の事故原因と完全に無関係だったとまで言い切れるかどうかなど、思うところはある(運輸安全委員会報告書は通り変位も事故原因のひとつとしている)。だが刑事裁判は原則「疑わしきは被告人の利益に」であるから、弁護側は白であることを立証できなくとも、検察側が黒としたものをグレーに変えられるだけで無罪を勝ち取れる可能性は飛躍的に高まる。この日のストーリーの組み立てとしてはまずまずの出来であり、裁判官がまともな人物なら判決の行方は五分五分との印象を持った。 さて、ここで重大な疑問がいくつか私の頭の中に浮かんだ。その中でも最も重大なのは、曲線半径が230mのところ、台帳に400mと入力データ登録されている場所もあったとの証言である。カーブの半径は前述した「通り変位」発生によって変わることがある。だがこれほど大きな曲線半径の相違は軌道変位による変化をはるかに超えているし、そもそも通り変位はカーブ外側に向かって発生するものだから曲線半径が小さくなる方向に作用することはあっても逆はあり得ないからである。保線担当社員の間でもそのおかしさは認識されていたという。もしこの証言が事実なら、JR北海道は会社ぐるみで本当は曲線半径230mのところを、400mと偽ったデータを基に保線作業をさせていたことになる。そして、保線担当社員たちもとっくにそのことを知っていて、むしろ400mという偽りの曲線半径に基づいた検査データを記録すれば事故が起きかねないから、それをこっそり本来の数値――230mの曲線半径に基づいた数値に「訂正」「補正」していたのではないかと考えられる。つまり、実際起きていた事態は巷間伝えられている「現場社員によるレール検査データ改ざん」とは真逆であり、むしろ「会社にウソの検査データを記載するよう強要されていた現場社員が、事故防止のためこっそり数値を正しいものに「補正」していたのではないかということなのだ。だとすれば、3被告はスケープゴートであり、処罰されるべきは法人としてのJR北海道だけでいいということになる。 2つ目の疑問は、そもそもこれらの証言が事実であるとして、なぜJR北海道がそのような偽り(それも、保線担当社員なら誰でも気付くような見え透いた偽り)に手を染めなければならなかったのかということである。この答えを見つけることはそれほど困難ではない。JR北海道の経営危機の深刻化を受けて社内に設置された「JR北海道再生推進会議」の第2回会議(2014年7月3日開催)で、JR北海道がこのように告白しているからである。「……高速道路網の道内整備計画に対抗するため、限られた財源を都市間高速事業に重点配分したこと等により、結果的に今日の老朽設備の更新不足を招くこととなった」。安全投資を犠牲にして、列車高速化を優先したとJR北海道みずから認めているのだ。 <参考> 2011年に石勝線トンネル内での特急列車火災事故が起きるまでの間、JR北海道が高速バスや飛行機に対抗するため、ひたすらスピードアップを目指していた時期があった。だからといってJR北海道が列車の大幅スピードアップを可能にするような大規模な線形改良工事を行った形跡はない。第一、半径230mのカーブを400mにするような大規模な線形改良工事であれば新たな用地取得などが必要になり施工は容易ではない。それに、本当に線形改良工事をしていたのであれば、保線担当社員から「もっと半径が小さいのではないか」「もっとあのカーブはきついはず」などという声が上がることなどあり得ないはずである。 あり得ない可能性を1つ1つ、消していくと、最後まで消えずに残るものがある。それは考え得る限りで最悪の選択肢である。今では廃止されてしまったが、脱線事故の起きた函館本線の線路建設当時には生きていた「普通鉄道構造規則」では、曲線半径400mでの制限速度は90〜110km/hであるのに対し、曲線半径250mでは70〜90km/h。曲線半径160mでは最高速度は70km/h以下に制限される。「230mのカーブなら最高速度を70km/hに抑えなければならないが、400mと偽れば速度制限を90km/hにまで緩和できる」――JR北海道上層部がスピードアップ実現のためそう考えたのではないかという、背筋も凍るような最悪の選択肢が、消えずに最後まで残ったのである。 2013年頃から、JR北海道各線で貨物列車を中心に脱線事故が相次いだ。私はなぜJR北海道でだけ次々と脱線事故が続くのか、理由が全くわからなかった。だが、本当は半径230mのカーブに対し、半径400mのカーブに対する速度制限が適用されていたと考えれば、脱線事故が続くのも当然で、辻褄が合う。まず初めに会社側が「金をかけずにスピードアップ」を実現するため、手っ取り早い方法として曲線半径を「改ざん」。それに合わせる形で故意に誤った検査基準値、軌道変位数値を台帳に記載することが日常化、それを知りつつ会社に逆らえなかった現場が事故防止のため必死で本来のレール検査数値に「補正」を続けてきたが、ついにそれが破たん。人手不足で多忙を極め、追い詰められた現場状況も重なって破局に至った――今回の裁判傍聴を通じて私の頭の中に浮かび上がった恐るべきストーリーである。このストーリーがウソであると、今後の裁判の中で明らかにされることを願っている。 「今回の事故を厳粛、重大に受け止めるとともに、利用者のみなさまにご迷惑とご心配をおかけしたことに対し深くお詫びいたします。JR北海道として、処罰を受けることに異存ありません。安全に必要な経費を削ったマネジメントに問題があったと認識しており、今後は事業再建に取り組みたいと思います」 「これにて結審としますが、裁判所に対して何か言いたいことはありますか」との結城真一郎裁判官の問いかけに、島田社長はこう謝罪した。3被告から発言はなかった。注目の判決は、2019年2月6日(水)午前10時から、札幌地裁805号法廷で言い渡される。 (文責:黒鉄好) Created by zad25714. Last modified on 2018-11-28 02:05:23 Copyright: Default |