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〔週刊 本の発見〕『崩壊するアメリカの公教育―日本への警告』
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毎木曜掲載・第84回(2018/11/22)

すべては企業のために

●『崩壊するアメリカの公教育―日本への警告』(鈴木大裕、岩波書店、2016年8月刊、1800円)/評者:佐々木有美

 子どもの頃からテストが嫌いだった。点数で序列をつけられることがイヤだったから。そもそも教育が人間に優劣をつけていいのかという問題だ。いま、大阪市の吉村洋文市長は、学力テストの点数で教員の給与や学校予算を決める方針を打ち出している。生徒の序列化だけでなく、教員や学校まで点数で格付けしようとしているのだ。実は、この方針のお手本は、アメリカにあった。気鋭の教育学研究者による本書は、新自由主義がアメリカの公教育をどう変質させていったか、その驚きの事実を詳細に語っている。

 「今日、アメリカの公教育は、テストや補助教材、データシステム、チャータースクールなど、教育のあらゆる面で民営化が進み、いつしか1兆円規模の巨大なビジネスの土壌と化してしまった」と著者は書く。そもそもの始まりは、1983年レーガン政権下の学校選択性だった。ここで学校は競争原理に支配されるようになる。2001年には、「落ちこぼれ防止法」ができ、テストの点数で、生徒だけではなく、教員、校長、学校の評価まで左右されるようになった。大阪市はこれに倣ったわけだ。成績の悪い学校は、容赦なく閉鎖された。

 2005年のハリケーン・カトリーヌで壊滅的な被害を受けたニュー・オリンズは、チャータースクール(公設民営学校)計画の実験地になった。チャータースクールは、「公教育」の枠内で、税金から収入を得ながら株式会社が営利目的で運営する学校。被害で学校は閉鎖され、多くの学校がこの利益第一のチャータースクールに生まれかわった。2008年のリーマン・ショック後、状況はさらに加速する。貧困地域の公立学校は、閉校を免れるため、テスト教育に専念せざるを得ず、美術や音楽、体育などはなくなった。そして、成績の悪い生徒、知的障害を持つ生徒などが排除されていった。

 さらに驚いたのは、こうした中で、教員の「輸入」が拡大していることだ。新自由主義は、教員の「使い捨て労働力化」も促進する。教員派遣ビジネスが盛んになると同時に、カリブ海諸国やフィリピンなど発展途上国から、安上がりな労働力として教員が「輸入」されている。彼らは非正規教員免許制度で即席の教員に仕立て上げられる。

 新自由主義は教育を、「企業の企業による企業のための教育」に変えた。そこでは、数値、標準、費用対効果が尊重され、学校を「グローバル経済における即戦力を効率よく生産する工場」に変えてしまう。日本も例外ではない。安倍政権は、「グローバル人材の育成」をうたい、英語・理数系・情報通信技術重視のエリート教育を推し進めようとしている。


 *広がる教員たちのストライキ(2018年)

 日本の先を行くアメリカの新自由主義教育だが、ここに待ったをかけたのが、教員たちだった。闘わない労働組合に変わって学校を守ろうとシカゴの8人の教員は読書サークルを立ちあげた。ここからすべてが始まった。彼らはナオミ・クラインの『ショック・ドクトリン』を読み、2008年学校閉鎖反対の声を上げた。それでも変わらない組合に対しては、選挙で執行部をとりにいった。そして保護者、市民運動と連帯して運動を広げ、2012年9月には9日間のストライキを貫徹。市から多くの譲歩を引き出した。いま、教員たちの闘いは、全米の労働運動をリードしている。

 「日の丸・君が代」に首根を抑えられた日本の心ある教員たちの苦悩は深い。しかし、どんなにひどい現実も変えられるということをこの本は示している。

*「週刊 本の発見」は毎週木曜日に掲載します。筆者は、大西赤人・渡辺照子・志真秀弘・菊池恵介・佐々木有美・佐藤灯・金塚荒夫ほかです。


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