ドイツの原発廃炉の芽は1968年に芽生えた/映画『モルゲン、明日』 | |
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ドイツの原発廃炉の芽は1968年に芽生えた〜映画『モルゲン、明日』『モルゲン、明日』を制作した坂田雅子さん(写真下)は、映画作りはまず自分の疑問からはじまるという。前作『私の、終わらない旅』も「なぜ」からはじまっていた。そして今回。3・11の原発事故後、なかったことにしたい日本と比べ、ドイツは違っていた。 メルケル首相は原発の稼働延長を2010年秋に発表したばかりなのに、2011年6月には連邦会議で脱原発を宣言した。日本でできなかったことが、「なぜ」ドイツでできたのか? 坂田さんは再び旅に出る。日本の明日を見に。 ◇徹底した工夫が生かされる町 2015年5月、訪ねた町、グラフェンラインフェルトは、市庁前広場に数千人を集めてのお祝いの最中。そう、今日は自分たちの町の原発封鎖のお祝いなのだ。17年までに全原発17基中10基目を停止し、22年までに全基停止だという。 フランゲンドルフでは、自営するホテルのすべてのエネルギーを自給している人がいる。彼は、経済性より環境保全が、お金と知恵の使い処が大事という。この村では家々の屋根には太陽光パネル、川には水車、森の間伐材を使ったボイラーが稼働する。これらが生み出すエネルギーは、人口750人の需要をすべて賄っている。 小さな村ばかりではない。フライブルグのサッカー場の屋根は、太陽光パネルで覆われていた。あるビルの屋上には、太陽の動きに合わせて上下左右に首を振る太陽光パネルがある。私はドイツで民泊した家がそうなっていて、朝日と共に動き出したのを興味深く見たことがあるが、ここではさらに建物自体も太陽に向かって回るという。びっくりである。環境保全や再生可能エネルギー問題に強い関心を持つ建築家の存在も大きい。この市は、エネルギーばかりでなく、都市計画自体が省エネをめざし、自然環境もごみ処理にも気を配っている。 シェーナウでは、市民電力会社を立ち上げるときに中心的役割を果たしたスラーデク夫妻が登場する。チェルノブイリ事故後の不安を解消しない大手電力会社に対する不信が彼らを突き動かしたとか。またこの会社の経営目的は利益を得ることではないとの考え方が紹介される。
◇メルケル首相一人でやったのではない 坂田さんは、ホロコーストの追悼碑を訪れ、ドイツという国を想う。チェルノブイリ事故に着想した著書『みえない雲』で日本でも知られる作家グードレン・パウゼンバンクさん、環境問題の専門家、第2次大戦中にナチスに接収され、戦後は連合軍の病院として使われた修道院の神父、元緑の党の議員など、原発封鎖の芽は1968年の学生運動に端を発していると異口同音に言う。 戦中の価値観に縛られていた戦後を過ぎ、民主主義を取り戻そうとする若者たちに、国中が動かされていったと語る。そしてそれは、国民の生きる権利としての環境問題、エネルギー問題に広がっていったということだ。その動きは、今回のフクシマの事故によってドイツ国内で実を結んだのだ。 坂田さんは気がつく。「出発前は原発を止めたメルケル首相に会いたかったのですが、会えませんでした。でも、それでよかったのです。原発を止めたのは、彼女ひとりの力ではなかったのです」と、上映後の挨拶で述べた。 福島はまだまだ終わっていない。空気、水、土の汚染、炉の封鎖。避難者の人権すら放置されている。それなのに再稼働? 日本もドイツのように自分の頭で考えて、民主主義を守る生き方を選んでいきたい。〔笠原眞弓〕 *『土と健康』8・9月合併号より加筆転載 上映情報 Created by staff01. Last modified on 2018-09-17 13:07:07 Copyright: Default |