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LNJ Logo 〔週刊 本の発見〕『そろそろ左派は〈経済〉を語ろう〜レフト3.0の政治経済学』
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毎木曜掲載・第71回(2018/8/23)

日本もバージョン・アップしませんか

●ブレイディ・みかこ×松尾匡×北田暁大『そろそろ左派は〈経済〉を語ろう〜レフト3.0の政治経済学』(亜紀書房、2018)/評者:菊池恵介
 本書はイギリス在住のライターのブレイディみかこ、経済学者の松尾匡、そして社会学者の北田暁大の三人の鼎談である。冒頭でブレイディが述べているように、本書はある「違和感」から出発している。それは日本の左派が平和運動やマイノリティ問題に傾倒する一方、ときに経済政策への関心を失っているように見える点である。「日本の左派の人々と話していると、彼らの最大の関心事は、改憲問題であり、原発問題であり、人種やジェンダーやLGBTなどの多様性の問題だ。こうしたイシューは、社会のデモクラシーを守るために重要だと考えられているが、経済はデモクラシーとは関係のない事柄だと思われている。これは日本があまりにも長い間、なんだかんだ言っても自分たちがはまだ豊かなのだという幻想の泡に包まれてきたせいもあるだろうし、豊かだった時代への反省と反感がありすぎるのかもしれない。だがこれほど歴然と経済にデモクラシーが欠如している国であることが明らかになっているのに、左派が経済に興味がないという状況は、国内経済の極端な不均衡が放置されている事実ときれいに合わせ鏡になっているように思える」(9−10頁)

 元来、階級の物差しで世の中を図ってきた左翼がなぜ経済への関心を失ったのか。その一つの要因と考えられるのが、かつての「経済決定論」への反省である。1970年代までの左派は階級問題を中心テーマに掲げてきたが、「実態としては、主流派アイデンティティ(男性、日本人)の雇用労働者(正社員)にばかり目を向け」、普通の労働市場から排除されていた女性やマイノリティなどにはあまり目を向けてこなかった。こうした事態への反省から、しだいにジェンダーやマイノリティ問題へと軸足が移っていったというのである。著者たちのいう「レフト1.0」から「レフト2.0」への移行である。こうしてアイデンティティ・ポリティクスがしだいに左派の主流を担うようになったのは、日本が「豊かさ」を謳歌し、「階級」という言葉がリアリティを失ったように見えた時期でもあった。その結果、いつしか階級問題が左派の視点からも抜け落ちてしまい、「経済決定論はダメ」から「経済は重要な問題ではない」へと認識がズレてしまったと考えられるのである。

 だが、このような「下部構造の忘却」には大きな代償が伴う。経済政策に左派が目を向けなくなることで、大衆的な支持基盤を失ったことである。折しも「レフト2.0」が全盛期を迎えた1990年代は、グローバリゼーションを背景に世界中で構造改革が行われ、中流層が収縮を開始した時期でもあった。こうして階層格差が拡大し、大衆層の窮乏化が進むなか、「アイデンティティ的にはマジョリティなのに、経済的な豊さから疎外されている人々に対して、その窮状をうまく掬い取る言葉がどんどんなくなってしまった」(230頁)。こうした左側でのオルタナティブの不在が、投票率の全般的な低下とナショナリズムや排外主義の台頭を許す要因になっていると考えられるのである。実際、アメリカのトランプ現象やブレグジット、ヨーロッパにおける極右政党の台頭は、新自由主義に転換した中道左派政党の求心力低下なしには考えられないだろう。*写真=松尾匡氏

 だが近年欧米において明るい展望が見られないわけではない。アメリカのバーニー・サンダース、イギリス労働党のジェレミー・コービン、スペインのポデモスなど、リーマンショック後、反緊縮を掲げる急進左派が各地で躍進を遂げているのである。本書はこれらの新しい潮流を見渡したうえで、日本の左派を「レフト3.0」にバージョン・アップすることを提言するものである。鼎談の底流をなすのは、『不況は人災です!』(筑摩書房、2010)や『この経済政策が民主主義を救う』(大月書店、2017)などで反緊縮の経済学を訴えてきた松尾匡の議論である。これにイギリス左翼の動向に詳しいブレイディみかこと民主党への政策提言を行ってきた北田暁大が加わり、一段と広がりのある議論が展開されている。なお、松尾匡が提唱している反緊縮の経済学については、「週刊 本の発見」第45回(日本のリベラル左派がとるべき「反緊縮」政策)でも取り上げているので、そちらを参照していただきたい。

*「週刊 本の発見」は毎週木曜日に掲載します。筆者は、大西赤人・渡辺照子・志真秀弘・菊池恵介・佐々木有美・佐藤灯・金塚荒夫ほかです。


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