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生命力尽きたJRグループ〜新幹線殺人事件から見えたJRの「最終章」

    黒鉄好

 物心ついたときから鉄道ファンとして、人生と同じ年数だけ国鉄〜JRをウォッチし続けてきた私の目から見ると、最近のJRはもう完全に生命力が尽きたと感じる。耐用年数が切れたという表現はふさわしくない。耐用年数が切れても元気に働き続ける家電製品などいくらでもあるからだ。最近のJRグループに関しては、とてもではないがそんな生やさしい表現では足りず、まさに「生命力が尽きた」という表現こそふさわしい。死臭が漂い始めた、という表現でもいいのではないだろうか。

 国労所属というだけで1047名もの労働者の首を切り、おびただしい自殺者を出した国鉄「改革」によって発足してから31年。多くの労働者の屍の上に社屋を建ててスタートした会社に輝かしい未来などあるはずがないことはわかりきっていた。支社長方針のトップに「稼ぐ」を掲げた挙げ句に107名が死亡する事故を起こし、流量計を改ざんしてまで信濃川から不正取水をするなどの悪や愚行をさんざん重ねてきた企業グループ。ただそれらはいずれも(表現としては不適切だが)日本企業なら程度の差はあれどこにでもあるような企業悪の一類型の中に、何とか押し込めようと思えば可能であるような、「頭で理解できる程度には普通の悪」だった。しかし、ここ5年ほどのJRグループは、そんな領域も私の理解もはるかに飛び超え、社会の荒廃を拡大再生産させる装置として文字通り「最終章」に入ったように見える。JRグループ唯一の稼げる路線にして、旧国鉄から引き継いだ中では最も輝かしい宝物だったはずの新幹線で立て続けに起きる不気味な事件は「死滅」への明らかな予兆である。

●「1時間20分の空白」が持つ意味

 2015年6月、下り新幹線「のぞみ」で高齢男性が車内にガソリンをまいて放火した事件の記憶もまだ醒めやらないというのに、大勢の乗客を無差別に巻き込み、犠牲者を出す事件がまた新幹線車内で起きてしまった。刃物を振り回し、止めに入った男性乗客を死亡させた男がこの凶行に及んだのは新横浜〜小田原間の車中。またも下り「のぞみ」で、新横浜発車直後というのも2015年とまったく同じだ。だがこれは決して偶然などではない。無差別に乗客を巻き込んで凶行に及ぼうとする者たちが「のぞみ」のこの区間を選ぶのには、ちゃんと理由があるのだ。

 東京〜名古屋間で頻繁に新幹線を利用する方はご承知と思うが、新横浜を発車した「のぞみ」が次に停車するのは約330kmも離れた名古屋だ。その間、約1時間20分にわたって停車駅がない。車内は極端に人の動きが少なくなり、密室状態に近くなる。他の乗客が走行中の車内から外に逃げることも、高速道路を使って警察がパトカーで追いつくことも不可能だ。凶行を計画している者にとって、これだけの条件が揃っている場所は他を見渡してもそうそうあるものではない。「のぞみ」のこの区間が選ばれるのは当たり前すぎるほど当たり前なのだ。

 「当列車は、ただいま、三河安城駅を定刻通り通過致しました。あと10分ほどで名古屋に到着致します」。下りの「のぞみ」車内では、三河安城駅通過時にこのような車内アナウンスが流される。1時間20分の時間を利用して車内で眠りこけている人が多いことがこのアナウンスからうかがえる。空いた時間でちょっとした仕事や勉強をしたり、不足気味の睡眠を補うには好都合だが、昨年の年末に起きた上り新幹線「のぞみ」の台車亀裂事故では、完全な破断まであと3センチというところまで大きな亀裂が台車枠に入っていたことが後になってから判明した。名古屋で車両の異常に気付いて列車の運行を打ち切っていなければ、新横浜まで1時間20分。走りっぱなしの区間のどこかで台車枠は完全破断し、前代未聞の大事故につながっていたかもしれないのだ。こうなると、1時間20分もの長期間の空白時間帯が、列車運行や乗客の安全を守る上で本当によいことなのか考えなければならない時期に来ているといえよう。

 そこで、当面、今すぐにできる対応策として、犯罪の温床となりやすく、また車両の異常が起きても対処を困難にさせる1時間20分もの長時間の走りっぱなしを解消するために、途中に停車駅を増やしてはどうだろうか。列車がいったん止まり、ドアが開いて乗り降りのために乗客に動きができるだけでも、凶行を計画している者にとって心理的ハードルはかなり高くなるからだ。車両に異常が起きた場合に対処が容易になるメリットもある。

 新たな停車駅としては、断然、静岡がふさわしい。名古屋〜新横浜のほぼ中間地点にあり、また政令指定都市、県庁所在地でもあるからだ。現在、日本国内に政令指定都市は20あり、そのうち東海道・山陽新幹線の駅があるのは横浜、静岡、浜松、名古屋、京都、大阪、神戸、岡山、広島、北九州(駅名は小倉)、福岡(駅名は博多)の11市。このうち「のぞみ」が停車しないのは、静岡県内の2駅(静岡、浜松)だけだ。この両市は、市町村合併によって後から政令指定都市に加わったという事情があるにせよ、福岡県内の2市(福岡、北九州)の両方に「のぞみ」全列車が停車しているのと比べると、明らかにバランスを欠く。もし今、政令指定都市の中で静岡、浜松にだけ「のぞみ」が停車しない理由は何か、と尋ねられても、JR東海はおそらく「開業当時からそうだったから」以外の回答を持ち合わせていないのではないだろうか(もっとも、福岡県内両市の「のぞみ」全列車停車駅としての地位は当分、安泰と思われる。博多駅は九州新幹線開業まで長く新幹線の終点駅だったという事情があり、また北九州市の政令指定都市指定は1963年で、地方自治法改正(1956年)によって政令指定都市制度ができた当初からの「指定5市」(横浜、名古屋、京都、大阪、神戸)を除けば最も古い政令指定都市として、停車駅から除外するのが容易でないというのがその理由である)。

 このような提案をすると、「1964年の開業当初から半世紀、新横浜〜名古屋間を走りっぱなしで何の問題もなかったではないか」との反論が返ってきそうだ。だがこの間、まったく問題がなかったわけではなく、1964年10月1日の開業初日、早くも車内で急性盲腸炎の患者が発生し、「ひかり」が静岡に臨時停車、救急車で搬送されたというエピソードもある。当時は「車内からでも救急通報ができる新幹線のハイテクノロジー」として肯定的に報じられたが、急患本人にしてみればとんでもない話だ。開業初日からこのようなアクシデントが発生したこと自体、「1時間20分もの無停車走りっぱなし」に根本的な無理があったことを物語っている。「静岡が政令指定都市に昇格するなど、新幹線を取り巻く外部環境の変化」など適当な理由でかまわないので、このあたりで停車駅を増やしてはどうだろうか。

●死体遺棄場所としてのJR〜進む先は80年代のNY地下鉄か

 私にとって、最大の衝撃を受けた事件がもうひとつある。これもつい最近だが、新潟県で7歳の女児が殺害され、遺体がJR越後線の線路に棄てられた事件である。7歳女児の命が残酷に奪われたことはもちろんだが、それよりも死体遺棄場所としてJRの線路が選ばれたという事実に対して私は大きな衝撃を受けた。これは、遺棄した者が、他の場所と比べてJRの線路上に遺体を棄てるほうが発見が遅れ、逃走しようとする自分自身にとって有利になる、と考えていたことを示すものだからである。軌道自転車などの手段で、保線担当の職員が日常的に線路上を巡回していた国鉄時代では考えられなかった話だ。国鉄時代なら、たとえ殺害という結果は変わらなかったとしても、警察より先に保線担当の国鉄職員によって発見され、遺体はもっと早く家族の元に帰ることができたであろう。

 鉄道駅は大勢の人が集まる場所だけに、その時代時代を象徴する事件事故の舞台になってきた。新宿駅が学生に占拠された新宿騒乱事件や、相次ぐ労働組合のストに怒った乗客による上尾駅での暴動、国鉄分割民営化反対運動の中で起きた通信ケーブル切断など、昔の事件は(もちろんそれ自体はあってはならない犯罪行為であり肯定はしないが)エネルギーにあふれており、誰が誰に何のメッセージを発したいのか明確なものが多かったように思う。ところが最近の事件からは昔のようなエネルギーも希望も、メッセージ性も感じない。代わりに感じるのは陰惨さと絶望だ。

 自暴自棄になった人が、社会に対する怨念を爆発させるための最後の場所としてJRを選ぶ――ここ数年でこうした傾向がはっきりと出てきた。1980年代、米ニューヨークの地下鉄では、落書きされ、破壊された列車が修繕もされず薄暗いまま走行し、ありとあらゆる犯罪が横行。世界一危険な公共空間といわれた。今でこそニューヨークの地下鉄はよみがえったが、女児殺害や焼身自殺、刃物殺人を意図する者たちが次々とJRに吸い寄せられていく現状を見ていると、いずれJRが当時のニューヨーク地下鉄のような状況になるのではないかという暗い予感が最近、私の脳裏から離れない。

●線路があるのに列車が来ない

 JRの荒廃ぶりを象徴する路線がもうひとつある。北海道のJR日高本線だ。2015年1月に発生した「高波災害」でこの路線の鵡川(むかわ)〜様似までの区間がもう3年半近くも運休になっている。驚くことに、途中の日高門別までは線路がまったく被災しておらず、列車を走らせようと思えば明日といわず今日にでも運転を再開できる状況にある。ところがJR北海道は、復旧経費が出せないなどと言い訳を並べた挙げ句、運行再開にすら応じようとせず、地元に廃止〜バス転換を提案している。

 事故にも災害にも遭っておらず完全な状態、しかも法的に廃止・休止いずれの手続も取られていない線路の上で、JRの「資金不足」のため勝手に列車が運行されなくなってしまう。戦時中、軍事的に重要でない地方路線が「不要不急路線」として一時的に列車の運行を中止させられた例はあった。しかしこのときですらほとんどの路線では鉄道省によって休止の手続がきちんと行われていた。今、JR北海道で起きていることは、戦時中でさえなかったような異常事態なのである。玉音放送を聞きながら、多くの国民がうちひしがれた敗戦の日にも、休むことなく列車を動かし、そのことを誇りに思っていたあの鉄道員魂はどこに消えてしまったのか。 

●弱体化で人もカネもない

 いつまで経っても解消しない首都圏の超満員列車と、何の手も打たれないまま「安楽死」に仕向けられているとしか思えない地方の在来線。極限までの人減らしで駅にも列車にも線路にも巡視の目が行き届かなくなった結果、JR最大の看板だったはずの新幹線までが犯罪の巣窟化し始めた。関西では、カーブ上にホームがある片町線・鴫野(しぎの)駅でホーム要員の配置がなくなり、ただでさえ多い転落事故がいっそう増えるとして、ホーム要員の復活を求める署名活動まで行われているが、JR西日本がホーム要員を復活させる気配は見られない。

 私たちはJR発足直後から、事あるごとに現場に人を増やせ、安全投資にこそ資金を回せと何度も繰り返し要求してきた。しかし最近はもう何を求めても「人がいない」「カネがない」で終わってしまう。空前の利益を上げている本州3社、株式上場で意気上がるJR九州こそ表向き大成功しているように見えるが、一皮むけばその実態はお寒い限りだ。合理化のやり過ぎで弱体化してしまったJRは新しい営業政策や安全対策を打ち出そうにもそのエネルギー自体まったく失われている。私がJRを「生命力が尽きた」と評するのにはこうした理由もある。例えは悪いが、ダイエットをやり過ぎて栄養失調で倒れた人が、担ぎ込まれた病院のベッドの上で、身長と体重の比率を示すBMI値だけを見て「痩せた! ダイエット成功!」と喜んでいるのに近い。JR北海道に至っては、人間に例えるならもう末期状態だろう。

●鉄道40年寿命説

 「汽笛一声新橋を はや我が汽車は離れたり」。鉄道唱歌の歌詞が示す通り、新橋〜横浜間に日本初の鉄道が開業してから今年で146年。もうすぐ150年の節目がやってくる。この150年間の日本の鉄道を歴史面から見ていくと、面白いことに気付く。

 1872年、日本の鉄道は民間事業として始まった。その輸送力の大きさに目をつけた篤志家が私財をなげうち、あるいは投資を募って線路を敷き、列車を走らせた。東海道から始まった鉄道会社はあちこちで作られ、路線網は拡大していったが、各地で過当競争が起きる一方、鉄道会社同士の境界駅では荷物が何日も運ばれずに放置される事態となった。これに危機感を抱いた軍部、特に陸軍の主導で鉄道国有法が成立したのが1906年。これ以降、大部分の鉄道会社は国に買収されて官営鉄道に再編される。

 この体制のまま戦争に突入した日本で、次に大きな鉄道の組織改革がやってきたのは敗戦直後だ。鉄道が軍主導の体制で戦争に突入した反省から、GHQ(連合国軍総司令部)は民主化政策の一環として、国が鉄道の経営方針に介入できないよう、官営鉄道の経営を政府から切り離すよう指示する。だが日本政府が目指した民営化は頓挫し、やむなくGHQの提案によって米国式公共企業体制度を導入する。1949年、こうして日本国有鉄道は誕生した。そして、まだ記憶に新しい国鉄分割民営化が行われたのは1987年のことだ。

 民間事業としての鉄道開業から国有化までが34年、官営鉄道から公共企業体への改革までが43年、国鉄時代が38年。平均すると38.3年だ。日本の鉄道はほぼ決まった周期で大きな組織再編の波に洗われてきた。鉄道を取り巻く社会情勢の変化に、既存の鉄道会社組織が耐えられなくなるのがだいたいこれくらいなのだろう。私はこれを「鉄道40年周期説」または「鉄道40年寿命説」と名付けたいと思う。

 JRは何年経ったのだろう。1987年から数えてみると、……今年で31年、早いものだ。私の提唱した40年周期説が正しいとするなら、もうすぐ寿命も尽きる。JRを舞台とした最近のおかしな事件事故の続発が死滅の予兆かもしれないと冒頭で書いた私の感覚は正しかったのだ。

●寿命尽きたJR、そろそろ「次」へ

 「日本の鉄道の歴史を見ると、だいたい30〜40年で大きく組織の姿は変わっている。一番長く保った官営鉄道でさえ43年。全国レベルの鉄道を運行する企業の組織でこれ以上長く維持できた例はこれまでにありません。JRだけがこれより長く、50年も60年も保つと考えるのは楽観的すぎます。鉄道行政の所管官庁として、そろそろJRの次を構想することもあなた方の新しい仕事に加えたらどうでしょうか」。

 年末の慌ただしさも増していた昨年12月中旬、私は国交省鉄道局の若手官僚と向き合っていた。JR北海道のローカル線維持のために国費を投入するよう、要請書を提出した際のことだ。「今ある制度を手直ししながら、維持していくのが私たちの仕事ですから」。将来を約束された若きエリート官僚は、将来、国会で答弁する立場になることを見越した予行演習のような、そつのない回答で私の質問をかわした。JRが弱体化する自分自身を上手くコントロールしながらどこかに軟着陸できるようには、私にはとても思えない。だが、官僚の役割は制度を維持することで改革や変革は自分の仕事ではないとする彼の回答は「官僚としては」正しい。これ以上この点を追及するなら相手は政治家にすべきであり、私は矛を収めた。

 2年後の東京五輪までは、青息吐息になりながらもJRはなんとか現状の7社体制を維持するだろう。だがその先は予断を許さないと私は見ている。線路に棄てられた幼い遺体を発見することもできず、被災していない普通の線路に列車を走らせることすら予告なく勝手にやめてしまう「弱体JR」が、押し寄せる内外の乗客を前に、果たして東京五輪を無事に乗り切れるだろうか。諸外国が日本の鉄道に対して漠然と抱いていた信頼を根底から壊すような出来事が、おそらく五輪期間中かその前後に起きると私は思う。そのことをきっかけに、一気にJRグループは再編に向かうだろう。

 JR再編が避けられないとして、それはどの方向になるのだろうか。今はまだはっきりと予測することはできない。だが歴史を丹念に検証すると、おぼろげな輪郭は見えてくる。

 民営事業として始まった鉄道が国有化に向かったきっかけは、儲かる区間での鉄道会社間の不毛な過当競争と、鉄道会社の境界駅における貨物の放置だった。当時の政治家の中にも、鉄道は経営規模が大きくなるほど有利になることを理解する者がいて、全国を1企業に再編する方向に議論が収斂していった。戦後、官営鉄道が公共企業体に変わった際には、鉄道が政治によって翻弄される事態に終止符を打ちたいというGHQサイドの強い意思があった。

 38年間続いた公共企業体の国鉄が命脈を失ったのは、企業会計原則の導入で独立採算制を要求されながら、一方では運賃を認可制から法定制に改める国有鉄道運賃法の制定によって、経営自主権を奪われたことが原因と見ていい。運賃を自分で決める権利を奪っておきながら「国費は出さない、赤字も許さない、黒字になれ」などという制度でまともな経営が成り立つほうがおかしい。このシステムの下でローカル線廃止問題が起きたのも当然で、黒字にするには他に方法がなかったからだ。この問題を解決するためだというのが分割民営化推進派の主張だった。少なくとも法定制でなくなれば運賃値上げのハードルは下がる。値上げとローカル線整理を上手く組み合わせ、これ以上納税者に迷惑はかけるな、というのが分割民営化の狙いだった。

 だが問題は何も解決しなかった。鉄道の車内や線路で焼身自殺や殺人、死体遺棄が行われても人員削減でなすすべもなく、ローカル線では理由もなく勝手に列車が来なくなる。国鉄時代、牛や馬、豚などの家畜を生きたまま輸送する「家畜運搬車」という種類の貨車があったが、首都圏で朝のラッシュ時間帯を走る列車はもう何十年も昔から「社畜運搬車」状態だ。国鉄が独立採算制の導入で作り出した問題はJRでさらに拡大し、そのまま私たちの前に放り出された。その歴史の上に今の惨劇がある。

 民間鉄道事業者の乱立による輸送効率の悪さを解決するために全国一律の国有化が行われ、政治に鉄道が翻弄される誤りを正すために公共企業体への再編が行われた。目の前の問題に無力な組織を、解決能力を持つ別の存在へ改めることを目的に、過去の鉄道の再編は行われてきた。だとすれば、JRの「次」に何が来るかのおおまかな予測はできる。弱体化した鉄道事業の再建、そして儲かりすぎの会社と瀕死の会社にくっきり二極化した地域分割の弊害を改めることこそ次の組織再編の最大目標になるに違いない。

 それがどのような形態に移行するかの予測は今は控えておこう。だがこれだけははっきり言っておきたいと思う。「10年後のJRが、今と同じ形をしていることだけは絶対にない」と。

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黒鉄 好 aichi200410@yahoo.co.jp

首都圏なかまユニオンサイト
http://www.syutoken-nakamaunion.com/hp/

安全問題研究会サイト
http://www.geocities.jp/aichi200410/


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