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〔週刊 本の発見〕『チャップリン自伝 若き日々』『チャップリン自伝 栄光と波瀾の日々』
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毎木曜掲載・第49回(2018/3/22)

ヒトラーと闘った喜劇王

●『チャップリン自伝 若き日々』『チャップリン自伝 栄光と波瀾の日々』(チャールズ・チャップリン 中里京子訳、新潮文庫、710円 990円)/評者:佐々木有美


 *映画『独裁者』より

 チャップリン映画を見たことはなくても、山高帽にチョビ髭、ドタ靴姿のチャーリーを知らない人はいないだろう。そのチャップリンの自伝(二巻)が新潮文庫から新訳で出版された。笑いを武器に時代と抗い続けた人生は、今を生きるわたしたちにたくさんの勇気を与えてくれる。チャップリンは、1889年ロンドンに生まれた。両親ともミュージックホールの芸人だったが、早くに別居。兄と一緒に母親に育てられた。極貧の生活で、友達の家で夕食に呼ばれるのを期待する日常。空腹を抱えて夜の街をさまようこともあった。母親は精神病を幾度か発症し、その間は貧民院や孤児学校に収容された。幼い頃から、新聞売り、印刷工、おもちゃ職人など様々な職業を体験した。切ない子ども時代だが、唯一の救いは、母親のやさしさと思いやりだった。貧しさの中でも、困った友達に服を与え、自宅に泊める母の姿をチャップリンは忘れなかった。

 10代後半で、軽演劇の俳優になり、劇団の公演旅行でアメリカへ。そこで映画プロデューサーに見いだされ、チャップリンの栄光の道が始まった。彼のサイレント映画は、全世界を席巻し、またたくまにハリウッドのスターダムにのし上がる。チャップリンはどんな映画を作ってきたのか。「貧しい人々と反戦」こそが、チャップリンの映画を貫く二大テーマだ。子ども時代の貧困体験は、浮浪者チャーリーの姿に色濃く反映されている。浮浪者を犬になぞらえた『犬の生活』、捨て子を育てる『キッド』などに彼の思いがあふれる。コンベア労働でノイローゼになり、失業する労働者を描いた『モダン・タイムス』は、資本主義と機械文明の中で痛めつけられ、幸せを求めても得られない人々のメッセージだ。

 『担え銃!』(1918年制作)は、第一次世界大戦に従軍したダメ兵士チャーリーが意図せず手柄を立てるという映画だが、結局は夢だったというのがおち。水浸しの塹壕戦を滑稽に描いているが、観客には爆笑と同時に背筋が寒くなるシーンでもある。戦死者は一人も出てこないが、戦争の過酷さを笑いにつつんで徹底的に告発している。戦争をコメディー映画の題材にすることに周囲は反対したが、彼は、笑いが社会批判の武器であることを知り尽くしていた。第一次大戦後、チャップリンは、次のように書いている。「戦争の気配がふたたび漂い出した。ナチスが勢力を増していた。第一次大戦と、その死の苦悶に充ちた4年間を、なんと早く忘れたものか。悲惨極まる人体の残骸、身体障碍者になった人々(中略)のことを、なぜこれほど早く忘れてしまえるのか。」

 彼が、ヒトラーとユダヤ人の床屋の一人二役を演じる『独裁者』にとりかかった1938年、アメリカや祖国のイギリスはまだドイツの同盟国だった。この映画の制作の話が広がると、たちまち国家ぐるみの妨害が始まった。アメリカには、親ナチス派がいて反対の先頭に立った。身内の映画界からは「作っても上映ができない」という声。しかしチャップリンはひるまない。「わたしは断固すすめる決意だった。なぜなら、ヒトラーは笑い者にされなければならなかったからだ」。今の日本でいえば、安倍首相やヘイトデモをする人間を笑いのめす映画を作るようなもの。しかも当時のドイツは破竹の勢いで全世界を手中に納めようとしていた。チャップリンの勇気が生半可なものでなかったのはいうまでもない。ほとんど四面楚歌の中で制作は進んだ。完成前にイギリスとアメリカは参戦し、映画は大成功したが、それでも批評家たちからは、自由と民主主義を訴えた最後の演説が「政治的である」と不興をかった。それを覆したのは圧倒的な大衆の支持だった。

 チャップリンは、1952年63歳のとき、船旅の途中でアメリカから再入国を拒否され、その後はスイスで暮らした。『独裁者』の制作以後、マッカーシズムの「赤狩り」が荒れ狂う中「共産主義シンパ」「非愛国者」のレッテルをはられ、非米活動委員会から何度も召喚命令を受けた。(実際に喚問は受けていない)彼は自分が共産主義者ではないと明言しているが、愛国主義を徹底的に憎んだ。「私が愛国者でないのは事実である。そのわけは――道徳的観点や知的な理由だけでなく――愛国心などというものを感じていないからだ。愛国心という名のもとに600万人ものユダヤ人が殺されたのに、どうしてそんなものが許せようか?」このチャップリンのことばを日本のいまの首相にささげたい。

*「週刊 本の発見」は毎週木曜日に掲載します。筆者は、大西赤人・渡辺照子・志真秀弘・菊池恵介・佐々木有美・佐藤灯・金塚荒夫ほかです。


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