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LNJ Logo 〔週刊 本の発見〕『日本のフェミニズム since1886 性の戦い編』
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毎木曜掲載・第47回(2018/3/8)

女の悔しさと祈りが生んだ思想

●『日本のフェミニズム since1886 性の戦い編』北原みのり責任編集、河出書房新社、1200円/評者 : 渡辺照子

 「日本のフェミニズム」と冠された表紙の写真が心を射抜く。私の世代よりずっと遡った時代であろうデザインの赤いヒールの靴。履きこまれているが手入れが良さそうだ。誠実な暮らしぶりと人柄がしのばれる。写真は石内都によるもの。身体の傷や遺品等を被写体に選び、「記憶を写しとる」写真家だ。私はまず、その写真でこの本の強いメッセージを感じる。

 ページをめくると最初に「フェミニズムとは、女の悔しさと祈りが生んだ思想です。」の文章が目に飛びこんでくる。そうだ、フェミニズムとは高尚な観念や理論ではなく、哀しさと苦しみに満ちた女たちの営みの賜物なのだ。フェミニズムという横文字ゆえに外来思想と思われがちだが、日本にも草の根レベルでフェミニズムは発生していたのだ。本書はその歴史的経緯を記している。

 毎日のように政治の世界、職場での「権力者」によるセクシュアルハラスメントや、レイプ事件が報道され、さらにそれらの被害者がさらに叩かれる状況がはびこる昨今、責任編集者の北原みのりはかなりの危機意識を持ち緊急出版した。書き手は研究者、運動家、作家等、各現場で戦う多くの女性たち。単著を刊行するほどの力ある人ばかりだ。女性運動史、廃娼運動、リプロ運動、レズビアン運動史等々、いずれも重要なテーマだが、各テーマの本質を簡潔に著している。

 本書は日本のフェミニズムのはじまりを1886年、日本で初めての女性団体「矯風会」結成の年とした。公娼と妾の禁止、禁酒を求めて声を上げた団体だ。この会の初代会頭の女性はDV夫と離婚した矢島楫子(かじこ)。女性の権利を求めて元老院に建白書を出すときは白装束で懐に短刀をしのばせていたという。
 *写真=矢島楫子(本書の田房永子氏のイラストから)

 「『青鞜』とウーマンリブに関しては多くの資料と論考があるため、近年のフェミニズムからこぼれ落ちている戦い」により注視した、とのスタンスは類書にない貴重なものだ。単に、既存のアプローチにおける不足分の補完以上の意味を持つのは明白である。 1910年〜20年代の都市の壮年男性のほとんどが、ほぼ毎月遊郭へ行き、母・妻・娘と住む自宅近所で日常的に買春行為をしていたことが最近の研究では明らかになっている。都市化という社会状況の変化が性産業の背景にはあるのだ。「男性の性欲は本能だ」とのデマゴーグがいかに下卑たものであるかがわかるだろう。

 2018年になった現在でも、性被害・性暴力は止まない。レイプ被害者へのバッシング、AV出演の強要、学費を稼ぐために性風俗業に就く女子大生、買春を取り締まらないJKビジネスの東京都の禁止条例、性差別表現で炎上するCM、今も残る明治時代の刑法堕胎罪、等々の現象を見ると、そうした100年前の社会とどこが違っているのだろうと愕然とする。

 しかし、「フェミニスト図鑑」として多くの先輩たちが名を連ねていることが私を絶望から救ってくれる。生涯を廃娼運動、女性の権利向上運動に費やした先輩女性活動家たちがいる。多くはまさに性被害の当事者として、同じ当事者の女性を救う実践活動に取り組み、社会制度を変えてきた。果敢に挑み続けてきた彼女らの歴史的な貢献を今に生かさなくてどうするのか、私は自らを鼓舞する。「今」はいつだってこれからの歴史になる。

 後半部分に小説家が登場することも、この本の豊かさを感じさせる。「私は当事者をなくして上から大きく正しいことを言うことがどうしてもできません。」と言う笙野頼子。「シスターフッドの特徴とは、誰かを助けることで自分自身をも救うことにあるように思う。」と著す柚木麻子。

 性は、多くは「夫婦間」「恋人との付き合い」といった極めて私的な空間で生まれるもの。だからこそ不透明であり、ゆがんだ権力関係が発生する。その中で女性が自分を責めることが多い。「個人的なことは政治的なこと」というフェミニズムの言葉がその閉塞感に風穴を開ける。先人の女性たちが夫からのDV被害を受けた当事者として自分だけではなく、他の女性たちも救ったことは必然だった。

 思えば私は高校生時代、受験勉強などほとんどせず、校内の図書室にある書籍を読み漁っていた。図書室にあった女性史の「パイオニア」である村上信彦の著書を何冊も通読し、明治時代の家父長制の理不尽さを知り、それに苦しめられる妻、娘たちに同情し、男たちへの憤りの感情が湧き起った。私が書いたその本の感想文を読んだ男性教師から「そんなに男性を敵視してどうするのだ。男性とは仲良くしないと生きてゆけないぞ。」と赤字で添削されたものだった。それには三浦まりによるフェミニズムの以下の定義で答えよう。「全ての女性にとって、そして男性にとっても、性的マイノリティにとっても、フェミニズムは自分の抱える問題を理解し、社会を変革する手がかりを与えるもの」だと。

*「週刊 本の発見」は毎週木曜日に掲載します。筆者は、大西赤人・渡辺照子・志真秀弘・菊池恵介・佐々木有美・佐藤灯・金塚荒夫ほかです。


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