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〔週刊 本の発見〕『この経済政策が民主主義を救う〜安倍政権に勝てる対案』
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毎木曜掲載・第45回(2018/2/22)

日本のリベラル左派がとるべき「反緊縮」政策

●『この経済政策が民主主義を救う〜安倍政権に勝てる対案』(松尾匡、大月書店、2016)/評者:菊池恵介

 安倍政権に勝てる経済政策とは何か。2015年の夏に安保法制をめぐる攻防が大詰めを迎え、翌年に参院選が控えるなか、日本のリベラル左派が掲げるべき対案を示すことが本書の目的である。これまで安倍政権との闘いにおいて、安保法制や改憲問題などが主要な争点となってきたが、安倍政権が長期化してきたのは、必ずしもその復古主義的な政策が有権者に支持されているからではない。実際、世論調査によれば、集団的自衛権の行使、安保法制の可決、原発再稼動などの論点に関しては、いずれも「反対」の声が過半数を占めている。それにもかかわらず、安倍政権が存続してきたのは、大規模な景気浮揚策により、不況を恐れる世論を掴むことに成功したからである。

 1990年代以降、有権者の多くは、長引く不況と構造改革に痛めつけられ、もう不況はこりごりだという思いを抱いてきた。このことは、選挙の争点の世論調査において、まず「年金、医療、介護、子育て」、つぎに「景気対策」がそれぞれ30%前後と、常に1・2位を占めてきたことからも伺える。一方、安全保障問題などは、はるかに低い関心しか集めていない。安保法制の強硬採決や原発再稼働など、安倍政権がどんなに不人気な政策をとろうとも、それらへの反発が野党支持に繋がらない理由である。したがって、安倍政権の暴走を食い止めるには、戦後民主主義や平和主義を訴えるだけでは十分とはいえない。むしろ、経済政策の土俵で真っ向から勝負し、アベノミクスへの明確な対案を打ち出していく必要がある。

 それでは、一体いかなる政策を対置すればよいのであろうか。その切り札として著者が訴えるのが、日銀の緩和マネーによる福祉・医療・教育・子育て支援などの拡充である。これらの財政支出を賄うため、政府は大量の国債を発行し、日銀に同額の国債を購入させる。こうして通貨発行権をもつ日銀がゼロから生み出した資金を原資として、窮乏化する大衆層の購買力を支え、デフレ不況からの脱却を図ろうという訳である。だがそんなことをして、どんどん国の借金を増やして行ったら返せなくなり、金利の返済でさらに財政が圧迫されるのではないかと懸念する声もあるだろう。だが実際には、そのリスクはないと著者は断言する。なぜなら、政府が発行した国債は日銀の金庫に入り、返済期限が来れば借り換えることにより、返済期限を永遠に先延ばしにできるからである。たしかに国債の利子分は、政府が日銀に払うことになるが、日銀はその利益から職員の給料などの経費を差し引いた分を、「国庫納付金」として国に戻すことになっている。これは、事実上、日銀の職員を公務員とみなして雇用しているに等しく、限りなく利子が存在しないこと意味する。要するに、政府が日銀から借りた資金は、永久に返す必要もなければ、利子を払う必要もないお金だというのである。

 このように中央銀行が発行した資金で政府支出をまかなうことは、新自由主義の下では、「禁じ手」とされてきた。政府が中央銀行から資金を直接調達できるとすれば、財政規律が失われ、インフレが生じる可能性があるからだ。これに対して、ポール・クルーグマンに代表される「復活ケインズ学派」の立場に立つ本書は、そのタブーを犯してでも、政府の財政出動を支え、総需要を喚起していく必要性を説く。その際、重要な前提となるのが、いわゆるインフレ目標の設定である。たとえば、〇%のマイルドなインフレを実現するまで、延々と金融緩和を続けることを中央銀行が大々的に約束することで、人々に将来のインフレの実現を予想させ、いわゆる「流動性の罠」を脱却しようというのである。

 ところで、このようなケインズ主義的な景気浮揚策は、日本のリベラル左派の間で必ずしも支持されているとはいえない。戦後におけるケインズ政策は、長らく自民党政府がインフラ整備のための公共事業に投資し、その恩恵に与った建設業者が選挙の際に自民党の集票マシーンになるという仕組みが形成されてきたからだ。実際、アベノミクスの「第二の矢」である財政出動は、福祉ではなく、オリンピック・スタジアムの建設など、旧来型の土木事業への投資が中心となっている。しかし、本書が強調するように、本来、景気回復と再分配は必ずしも背反するものではない。むしろ、金融緩和によって作り出された資金を公共サービスや社会保障の拡充に投資し、景気回復を図ることは十分に可能である。実際、本書で紹介されているように、それはヨーロッパの左翼が求めている政策にほかならない。

 近年ヨーロッパでは、リーマンショックに続く財政危機を背景に、急進左派が各地で躍進しているが、ギリシャの急進左派連合からスペインのポデモスを経て、イギリス労働党のジェレミー・コービンまで、いずれも構造改革と緊縮政策に反対し、エネルギー産業や鉄道などの再国営化、大学授業料などの無償化、大規模な公共住宅の供給などを訴えている。そして、その財源として、大企業や富裕層への課税強化やタックス・ヘイブンの取締のほか、中央銀行による量的緩和を求めているのである。

 1979年のボルカー・ショック以降、世界の金融政策は新自由主義路線に転換し、雇用を犠牲にしてでも、インフレ抑制を優先するようになった。これに対して、中央銀行による国債引き受けを解禁し、信用創造という巨大な力を、もう一度、人民の手に取り戻そうというのが、ヨーロッパ左翼の共通の立場となっているのである。とりわけ、地球温暖化の危機を背景に持続可能な社会への移行が急務となるなか、それはますます不可欠な手段となるだろう。この間、日本のリベラル左派も、福祉や社会保障の拡充を訴えてきたが、その最大のハードルは財源問題だった。中央銀行による財政ファイナンスというタブーに挑戦する本書は、大企業や富裕層への課税強化と並ぶ、もう一つの武器を示唆しているといえる。

*「週刊 本の発見」は毎週木曜日に掲載します。筆者は、大西赤人・渡辺照子・志真秀弘・菊池恵介・佐々木有美・佐藤灯・金塚荒夫ほかです。


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