太田昌国のコラム「サザンクロス」 : 「時事」だけに拘らず、「想像力」を伸ばしたい | |
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「時事」だけに拘らず、「想像力」を伸ばしたいこのようなコラムを書いていると、「時事」に即して対応する言論が必要だと思いがちだ。それはその通りで、私も及ばずながら、そのようにしたいと考えている。だが、現在、一般に流通している「時事」的言論は驚くほどに劣化している。メディアへの露出頻度が高い政治家の――とりわけ日米の――言葉をみれば、一目瞭然だ。メディア自体もそうだ。心の奥底では、こんな言動に逐一対応できるものかという憤怒が、本音となって渦巻いている。去る1月16日、カナダで朝鮮問題(メディアは「北朝鮮問題」と表現している)に関する20ヵ国外相会合が開かれた。河野太郎外相はここで「北朝鮮との外交関係を断ち、北朝鮮労働者を送還する。こうした措置を通じてのみ、北朝鮮の政策を変えられる」と訴えた。彼は昨年9月にも、米コロンビア大学の講演で「北朝鮮と国交がある160以上の国に外交関係・経済関係を断つよう強く要求する」と述べているのだから、確信犯なのだろう。アジア侵略から始めた戦争を、国際連盟脱退を経てとうとう対米開戦にまで至らせた戦前日本の歴史から教訓を得ようとする姿勢もなければ、新年度初頭から始まっている韓国・朝鮮の話し合いの過程を尊重し、これを後押しする態度すら微塵も見られない。まっとうな歴史認識を欠き、外交「技術」も幼稚な、こんな政治家たちの言動に、私たちは日々浸食され、政治とはこういうものか、と信じ込まされているのだ。 私の気持ちはここから離れ、この会合に参加した20ヵ国とはどこだろうという方向へ動く。招待国である日・韓など4ヵ国以外は、米・英・伊・仏・豪・加など朝鮮戦争時の国連軍派兵国16ヵ国であると知れる。その中で、フィリピン、コロンビアの国名が目立つ。コロンビアと言えば、この国が生んだノーベル文学賞受賞作家、ガルシア=マルケス(写真下)が新聞記者時代に、朝鮮戦争からの帰還兵の話を書いていたな、と思い出す。この天賦の才を持つ物語作家の場合、1950年代に新聞記者として社会面・政治面・芸能面に書いていた記事ですら今もって面白いとの評判を得て、幾冊もの本にまとめられている。日本でもその一部が、『幸福な無名時代』(筑摩書房、1991年)と『ジャーナリズム作品集』(現代企画室、1991年)として刊行されている。 後者に収められたマルケスの記事によれば、「共産主義者と戦うために」はるばる南米コロンビアから朝鮮半島に派遣された兵士数は4,000人だった。1952年以降、彼らは順次帰国するのだが、その後日談をマルケスは記録する。月々39.50ドルを受け取っていた兵士は「朝鮮ドル」を溢れさせて、国内経済を混乱させた。派兵に応じれば、帰国後は特別奨学金、恩給、米国で生活できる便宜が与えられることを夢見ていたのに、裏切られた。戦地では、「アメリカ的生活様式」そのものの豪華な食事やタバコやガムに毎食ありついたが、変わらず貧しい故国へ戻ると、それも苦い思い出となる。戦場での暴力行使に慣れてしまった兵士や戦争で精神攪乱を来して帰国した者が、殺人にまで至る暴力事犯を頻繁に起こす。帰還兵は、故国でなぜか警戒心をもって迎えられ、彼らを対象にする殺人事件も頻発する。生活苦のあまり、勲章を質に入れる帰還兵も出てくる。 いずれにせよ、「英雄」として受け入れられることを期待した帰還兵が、或る疎外感をもって追いつめられてゆく過程が見事に写し出されている。それは、韓国の優れた作家、黄皙暎が、ベトナムに出兵して「ひと儲けした」韓国軍の帰還兵が祖国で味わう疎外感を描いた「駱駝の目玉」(中上健次編『韓国現代短編小説』、新潮社、1972年)に通じる世界である。 休戦協定締結後60余年経って開催された国際会合で、政治家たちは、日本国外相の先の発言に象徴的な、虚しい言葉を吐いて悦に入っている。過去の戦争も、現在の戦争も、「来るべき」戦争も、この政治家たちの目線で捉えてはならぬ。朝鮮半島で生まれた無数の犠牲者たち、国連軍と中国人民解放軍の名の下に派遣された、これを機に「ひと儲け」を企んだかもしれない下層兵士たちが受けた傷口からしか見えてこない戦争の実相がある。そこへ向かって「想像力」を伸ばすことのほうが、「時事」だけに拘るよりは得るところが多い、と私は思う。 〔著者プロフィール〕 Created by staff01. Last modified on 2018-01-25 15:34:49 Copyright: Default |