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「平和の少女像」が見つめる先にあるもの〜「日韓合意」と植民地支配・戦争責任を問う声
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「平和の少女像」が見つめる先にあるもの〜「日韓合意」と植民地支配・戦争責任を問う声

    西中誠一郎

●年末年始の安倍政権の茶番劇

 この年末年始、安倍政権の歴史認識や外交姿勢を問う出来事が続いた。安倍首相は「最後の戦後処理」とうたった日露首脳会談の後、12月末に「慰霊と和解の力を日米と世界に示したい」と誇示して真珠湾訪問を行い、その最中に稲田防衛大臣は靖国神社を参拝した。アジアへの侵略戦争の言及は一切なかった。

 また「最終的かつ不可逆的に解決」とした日本軍「慰安婦」問題の日韓外相会談から12月28日で丸1年が経った。被害者の声を無視した「日韓合意」の破棄を求める韓国市民の声が高まる中で、釜山の日本総領事館前に、新たな「少女像」(平和の碑)が設置されたが、日本政府は即時撤去を韓国政府に強圧的に要求し、駐韓大使らを一時帰国させた。

 さらに沖縄県政や反対住民を嘲笑うかのように、日本政府は在日米軍の言いなりでオスプレイ飛行や空中給油の再開を容認し、高江ヘリパッド建設、辺野古新基地建設での日米両政府の強行姿勢も延々と続いている。

 この年末年始の一連の安倍政権の行動は、政治的打算で「戦後」を強引に終らせようとする、アジア、沖縄蔑視の姿勢そのものだ。日米韓軍事同盟の再編強化に偏重した東アジア外交と米軍基地問題、そして「未来志向」という名目で、日本軍「慰安婦」や戦争被害者の人権と尊厳、沖縄の地方自治や民意などを幾重にも踏みにじり、加害責任や歴史事実を消し去ろうとする安倍政権の歴史認識と外交姿勢に抗議する人々を、年末年始取材した。


●在日朝鮮人大学生たちの怒りの声

 「日本政府は加害責任に向き合え!日韓両政府は被害者たちの声を無視するな!ハルモニたちに法的賠償を行え!日韓合意破棄!」。12月28日の昼前、鋭いケンガリの金属音や小刻みなチャングの打音に導かれて、大学生達の勢いのあるシュプレヒコールが、新宿駅周辺の年末の雑踏に鳴り響いた。


 *『日韓合意』の破棄を求める12.28在日同胞学生行進

 参加メンバーの多くは、全国各地の朝鮮学校出身で、現在日本の大学で学んでいる大学生たちだ。彼ら/彼女らは、南北統一に関する勉強会や朝鮮学校の支援活動をこの間続けてきた。日本軍「慰安婦」問題についても、被害女性たちの尊厳や人権が無視された状態で、日韓両政府間の硬直した対応が続く中で危機感を抱き、外務省前や駐日韓国大使館前でも抗議行動をしてきた。


 師走の繁華街を行き交う人々に向かって学生たちのアピールが始まった。
 「皆さん、昨年12月28日の慰安婦問題での日韓外相会談は、被害者を置き去りにした内容でした。『日韓合意』発表後も、自民党国会議員は『職業売春婦』だと発言し(※1)、岸田外相も『性奴隷は不適切な表現で使用すべきでない』という国会答弁(※2)をしています。安倍首相は『韓国政府から安倍総理のお詫びの手紙を求められている』という国会での質問に対して、追加対応を拒否し(※3)、法的責任も認めていません。日本政府与党の国会議員の事実認識は責任回避で、謝罪とは呼べません」。

(※1) 昨年1月14日桜田義孝元文科副大臣は自民党内の会合で「職業としての売春婦だった。それを犠牲者だったかのようにしている宣伝工作に惑わされすぎだ」と発言し、政権内でも問題になった。
(※2)昨年1月18日参院予算委員会で自民党宇都隆史議員が「欧米メディアが日本軍『慰安婦』を『性奴隷』と表現している」と質問した件で、岸田外相が答弁した。
(※3)昨年10月3日衆院予算委員会で民進党小川淳也議員が「韓国政府がさらに総理からのおわびの手紙を求めているようだが、現時点でどう考えているのか」と質問したのに対して、安倍首相は「我々は毛頭考えていないところでございます」と答弁した。

 このように昨年末の「日韓合意」直後から、与党国会議員のみならず岸田外相、安倍首相からも、日本軍「慰安婦」被害者を冒涜するような発言が続いてきた。「最終的、不可逆的に」問題解決が求められているのは、明らかに安倍政権の側である。


●国連高官•人権機関からも上がる「日韓合意」への批判の声

 昨年2月16日には国連女性差別撤廃委員会が、日本政府の定期報告に関する最終見解の中で、公職者「発言」への懸念や、「日韓合意」の発表が被害者中心のアプローチを十分に取らなかったこと、韓国以外の関係国の「慰安婦」被害者に対して日本政府が国際人権法上の義務を果たしてこなかったこと、教科書から「慰安婦」問題に関する記述を削除したことなどに対して懸念表明を行い、「二国間合意の実施に当たっては、被害者・生存者の意向をしかるべく考慮し、被害者の真実、正義、賠償を求める権利を確保すること」等の是正勧告を出した。http://www.gender.go.jp/kaigi/danjo_kaigi/siryo/pdf/ka49-2-2.pdf

 さらに3月上旬には国連人権高等弁務官や、拷問に関する特別報告者など国連の専門家グループからも、「元慰安婦自身から疑問の声が出ていることは非常に重大だ」とし、当事者抜きの「日韓合意」そのものを懸念する報告や意見が相次いだ。

□毎日新聞2016年3月12日朝刊
国連高官、日韓合意を批判 「元慰安婦から疑問の声」
http://mainichi.jp/articles/20160312/ddm/007/010/112000c
 しかし、菅官房長官は3月11日の記者会見で「国際社会の受け止め方と大きくかけ離れており、極めて遺憾だ」と述べ、日本政府として国連人権機関に対して抗議する意向を示した。



 アジア各地で被害にあった元日本軍「慰安婦」の支援活動や証拠資料の発掘などを全国各地で続けてきた団体と個人のネットワーク「日本軍『慰安婦』問題解決全国行動」は、国連女性差別撤廃委員会の勧告を受け入れるように、3月10日に岸田外相宛に要請書を提出した。また昨年11月にも東チモールやフィリピン、韓国、インドネシアから日本軍「慰安婦」被害者と支援者を招聘し、東京や大阪で証言集会を開催し、国会議員への要請や外務省交渉を行い、「日韓合意」は問題解決にはならないことなどを訴えてきたが、日本政府の反応はない。
□「日本軍『慰安婦』問題解決全国行動」
http://www.restoringhonor1000.info/2016/04/2016310.html
http://www.restoringhonor1000.info/2016/12/1228.html


●日本軍「慰安婦」問題は日本の植民地/戦争責任問題

 新宿をデモ行進する学生たちのアピールは続いていた。
「韓国政府が設立した財団に、日本政府が10億円を拠出した事業は国家賠償ではなく、金銭により被害者や家族を分断し、最終的不可逆的に批判の声を封じ込めるためのものになりました」。
 「『平和の少女像』の撤去を朴槿恵朴政権に求めてきた安倍政権の意図は,記憶の継承どころか、日本軍が犯した戦時性暴力に関する記憶そのものを抹消しようとするものです。日本政府の法的責任を曖昧にする不当な政治圧力で容認できません」。


 デモに参加した学生(上智大学、東京大学、一橋大学等に在学中)に企画意図や感想をインタビューした。
「日本軍『慰安婦』として被害にあった方々の人間としての尊厳や、戦時性暴力の歴史や実態を、まずは私たちがきちんと理解したいと思い学習会などを行ってきました。『日韓合意』から1年目の12月28日にデモ行進をやって、被害当事者への法的賠償もなく尊厳が踏みにじられていることを、日本政府や日本社会に広く訴えたいと思いました」。

「年末でどれだけ人が集まるか心配でしたが、学生中心に50名近く集まって新宿で声を上げることができてよかったです。慰安婦にされた方々は韓国だけではありません。共和国にも被害者はいるのに、その声は無視されています。そのことも広く訴えていきたいです」。

「『日韓合意』の見直しひとつとっても問題解決するのは大変ですが、やはり根本的には、戦後日本社会が植民地や戦争責任にきちんと向き合ってこなかったことが問題だと思います。在日同胞に対する抑圧的な社会構造の歴史は、今も続いているわけで、私たち自身の歴史も見つめ直さないといけないと、デモ行進をしながら改めて思いました」。


●「平和の少女像」が見つめる先にあるもの

 筆者は昨年9月と11月に韓国に行き、朝鮮人強制連行•強制労働関連の裁判の取材をしてきた(現在、韓国各地で加害企業を相手にした13件の裁判が進行中)。80歳代後半、90歳代になる被害者が若い時代の受難とその後の人生の長年の苦労を如実に振り返りながら、尊厳を取り戻すための最後の闘いを続ける姿に心揺さぶられるのと同時に、高校生や大学生の若い世代が被害者のお年寄りたちだけでなく、日本各地での長年の支援活動にも関心をもち、訪日して歴史に学び、ホームステイ先の家族と親しくなり団欒する姿に新たな市民交流の可能性も見てきた。



   ソウル日本大使館前の「平和の少女像」にも昨年11月末に初めて行くことができた。その日は大きな行動はなかったが、「少女像」の横のテントの中で、女子学生が咳き込みながら見張り番をし、時々若い学生などが立ち寄り、1年365日その場に座り続ける一体の「少女像」の周辺に佇む姿に接した。

 「少女像」が見つめる先にある新しい日本大使館が入ったオフィスビルの正面玄関前では、日本の朝鮮学校支援を続ける市民グループの一人が、「民族学校(朝鮮学校)の差別反対!高校無償化の適用!」と書いたプラカードを掲げて、凍える寒さの中、1時間以上立ち続けていた。


 新宿をデモ行進する在日3世、4世世代の若い学生たちの姿を見ながら、「少女像」が見つめる先には、日本大使館だけではなく、日本の戦争/植民地責任の真の問題解決を切望する人々の積年の思いや、国家の抑圧に屈しない新しい市民社会への希望もあるような気がした。

 つづく(※予定)



※昨年12月28日には、午後に千鳥ヶ淵戦没者墓苑で、安倍首相の真珠湾「慰霊」訪問と歴史認識を問い、アジアでの戦争犠牲者への追悼と平和を願う緊急集会が行われた。昨年12月上旬には、1941年12月8日真珠湾攻撃の1時間前に始まった、英領マレー半島への日本軍の侵略により、多くの住民が虐殺された華人系マレーシア人による証言集会が都内や横浜で開催された。

 また12月28日の夜には防衛省前で、沖縄の高江ヘリパッド建設の強行と北部訓練場の「過半返還」式典、最高裁判決を受けての辺野古埋め立て工事の再開、オスプレイ墜落事故と飛行再開、市民の抗議行動に対する相次ぐ不当逮捕と長期勾留などに関して、緊急抗議集会が開催された。
 日本の戦争責任と、今も続く日米軍事同盟の下での植民地主義に抵抗する市民の年末年始の動きについて、続いてレポートしたい。


Created by staff01. Last modified on 2017-01-12 11:36:18 Copyright: Default

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