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太田昌国のコラム「サザンクロス」〜「反日的な」歴史教科書への攻撃
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 ●第2回 2017年8月10日(毎月10日)  

 「反日的な」歴史教科書への攻撃

 8月9日付け毎日新聞朝刊に『「反日教科書」執拗抗議、慰安婦言及採択で』という見出しが付された記事が載った(写真下)。現職教員と元教員が研究を重ねて著した中学歴史教科書『ともに学ぶ人間の歴史』は2015年度の教科書検定を通り、「学び舎」から発行された。数十校で採用されたという。同書では、1993年の河野官房長官談話が紹介されている。慰安婦の管理と慰安所の設置などに旧日本軍が関与し、強制的だったと政府が公式に認めて謝罪した談話である。

 この政府見解に基づいて、4年後の1997年度の教科書では、すべてが慰安婦に関する記述を加えた。だが、これを攻撃する「新しい歴史教科書をつくる会」の動きが激しくなり、2012年度版では関連する記述をもつ教科書が1社のみになった。「学び舎」の教科書は、この状況下で抵抗線を引こうとしたのである。産経新聞がこの教科書を批判したことを機に、自民党の地方議員が採用校に圧力をかけると同時に、画一スタイルの抗議はがきが殺到するという、おなじみのパターンである。

 この記事を読みながら思い出したことがある。私は1990年前後に、歴史修正主義的な考え方がこの社会に急速に浸透する状況に危機感をおぼえ、その背景と実体を知るために、『諸君!』(文藝春秋)や『正論』(産経新聞社)などのいわゆる右翼雑誌を熱心に読み、これを批判するコラムを書き続けていた。なかでも印象的な連載記事は、『正論』の「NHKウオッチング」だった。筆者は、獨協大学の中村彜(1934〜2010)。連載は1996年6月号に始まり、中村の死の直前まで続いた。同氏は学生を引き連れて靖国神社に参拝するなどの「奇行」も敢えてするような、筋金入りの人物である。ここでは、日々のNHKの番組に「反日的な」匂いを嗅ぎつけると、これを徹底批判するとともに、後日群れをなして渋谷区神南のNHKに押しかけ、周辺で抗議行動を行ない、場合によっては担当者や責任者との面会を要求して「糾弾」した様子が事細かく報告されていた。「恐いもの知らずの」職業右翼が先頭にいたようだ。はても奇矯なことをする人もいるものだ――私は「現実的な」危機感も持たずに、このひと握りの極右の言動を、この時点では、重要視はしなかった。10年に経たぬうちに、第一次安倍晋三政権が成立し(2006年)、これに刺激を受けて在特会も公然と登場して(2007年)、極右が社会の真ん中に位置する時代が来た。

 それからさらに十年――数日前、品川駅の東海道線プラットフォームにいた。何か飲み物を買おうと思って、売店に入った。週刊誌が居並ぶラックの一番手前に、月刊誌『WILL』が鎮座していた。売れ行き好調品だけが選ばれているあの狭い空間に! いずれここに『月刊Hanada』だの『正論』だのも居並ぶ光景を、私は幻視した。かつて読んだ、戦争中の新聞や雑誌がどんな言葉とグラビアで読者の「戦意」を煽り立てたかを語った本を思い出し、あらためて、この時代と相渉り合う方法を編み出さなければ、と思った。(8月9日記)

〔著者プロフィール〕
人文書の企画・編集に携わる傍ら、世界と日本の民族・植民地問題や南北問題に関わる発言をしている。主な著書に『拉致異論』『極私的60年代追憶』『脱・国家状況論』など。
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