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戦火に苦しむ人たちの視点に立つ〜アジアプレス大阪・玉本英子さん
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戦火に苦しむ人たちの視点に立つ〜アジアプレス大阪・玉本英子さん

     林田英明

 この20年間、イラク、シリア、アフガニスタンを回っては現地からの報道を続けるフリージャーナリスト、玉本英子さん(50/写真)の話は興味が尽きない。7月19日、大阪市の毎日新聞大阪本社内で開かれた報告会に集った30人の参加者は、テレビで放送された彼女の映像を含めて中東の今を熱く感じていた。毎日新聞労組大阪支部主催。

●戦場では1分以上、止まらない

 フリーランスは、すべて自腹である。取材費、交通費、通訳、運転手……。マスメディアの記者らを前にして、あらゆる自己責任の重さを訴えた。テレビリポートやドキュメンタリーが放送される確約はない。オンエアされれば視聴者に訴えられるし報酬も得られ、次の取材に向かえるのだが、玉本さんは「自転車操業ですよ」と笑う。アジアプレス・インターナショナル(大阪)に所属してはいても、それは独立系のジャーナリストのネットワークであって、営利企業ではない。

 最前線でヘルメットをかぶり、通訳にビデオの構図を指示しながらニュースリポートを組み立てる。1分以上、その場に止まってはいけない。常に動いていなければ数キロ先から射撃の照準を合わされてしまう。それが戦場なのだ。

 橋田信介さん、小川功太郎さんが2004年、山本美香さんが2012年に殺害され、後藤健二さんは過激派組織「イスラム国」(IS)に2015年、惨殺される。中東でのフリージャーナリストの悲報は玉本さんにとって人ごとではない。亡くなる少し前、仲の良かった山本さんから「防弾チョッキはどこで準備したらいいの」と電話が入り、「シリアに行くの?」「分かんない、分かんない」とやりとりしたのが忘れられないという。

 戦場を含む危険地帯に行く時は覚書を必ず書く。この取材が自分の意思であり、事故があっても文句は言わない。死んだ時、遺体は現地で焼いて、チリは捨ててくれと記す。日本まで空輸すれば200万円もかかってしまうからとはいえ、覚悟のほどが知れる。

●会社員からジャーナリストに

 玉本さんを、ここまで突き動かすものはなんだろう。元々はデザイン事務所に勤める、ごく普通の会社員だった。ジャーナリストとは無縁な日々を送っていたところ、たまたまテレビニュースで見たクルド人の焼身決起にクギ付けとなった。

 1992年のことだ。バブル景気も終わりを告げた時期だが、まだ日本は離職して派遣等で働いてもそこそこ食える時期だった。お金がたまっては中東に向かう繰り返し。「今だったら無理かも」と玉本さんは振り返りつつ、クルド人のその男性に真意を問うためオランダのアムステルダムまで飛んでいく。カフェでようやく会えた彼は、事もなげにこう言った。「俺の故郷に行ったら、あんたも同じことをするよ」

 彼の故郷はトルコ南東部。玉本さんは「フォトグラファー」の肩書で話を聞きながら、信じられない証言にただただ驚く。当時、トルコ南東部のクルド人は、自分の言葉を公の場で話すと逮捕される状況だった。

 治安当局による住民への拷問には水の他に電気によるものもあった。爪は真っ黒に変色し、局部もつぶされてしまう。村も焼かれる。彼らが、トルコ軍と南東部でゲリラ闘争するクルド人を支援していた可能性があるというだけで、なぜこんな仕打ちを受けなければならないのか。玉本さんをジャーナリストと思って命がけで伝えてくれたこうした事実を埋もれさせてはいけない。

 ただ知りたいという好奇心で行った申し訳なさにうろたえながら、もっと日本人に知ってほしいと気持ちを強く切り替えていくのだった。そして情報の見極め、原稿の書き方を学んでいく。ただ目の前の事実を述べるだけでは不十分だ。「きちんとした視点で提示しなければ」と、文化、言葉、ふるまいを少しずつ覚え、背景と展望を持って現実をかみ砕いていく。今年、優れた番組に贈られる第54回ギャラクシー賞報道活動部門の優秀賞を受けても、周囲の協力のおかげと感謝する言葉は、戦火に苦しむ人たちの視点に立つ真のジャーナリストだった。

●一般市民は純な存在ではない

 イラク北部が玉本さんの取材拠点である。ISが3年間支配し、先ごろイラク軍が奪還したモスルも北部に位置する。クルド人の一部によって信じられているヤジディー教をISは邪教とみなし、改宗しない男性は殺され、女性は「戦利品」として集団レイプされた。イスラム教は4人まで妻帯できる。「結婚」を装い、合法的にレイプしていく。フセイン政権時代から移住化政策で追いやられ、国際テロ組織アルカイダが活発になると数百人単位の虐殺も起こっていた。ヤジディー教の人々に心の休まる時がない。

 玉本さんの携帯電話に「助けてくれ」とヤジディー教の男性から連絡が入り、ISの襲撃を告げられても、日本にいたから彼らが無事逃げるのを祈るしかない。山へ逃げることができたものの、そこは水も木もなく、動けないお年寄りや幼い子は先に犠牲となった。かつて玉本さんは、華やいだ結婚式で喜びに満ちた新郎新婦の姿をとらえた映像を残している。後日、奇跡的に再会できた二人の表情が沈んでいたのは、結婚式に参加した親族の多くが殺されていたからだった。

 では、ISは悪魔なのか。元戦闘員の若い2人にインタビューすると、そう割り切れるものでもない。ISに参加した動機は、アルカイダにいた兄が米軍に殺されていたり、給料で家族を養うためだったりする。マリキ政権下での拷問や何度も刑務所に入れられたことを訴える彼らが特殊だとは思えない。外国人部隊の存在が喧伝されるISだが、玉本さんは「モスルの場合、7〜8割は地元民だろう」と言う。つまり普通の市民が、恨みや生活のため、短期的な視点でISに身を投じるのだ。それを責めるだけでは解決に至らない。毎日報道がなされたイラク戦争時とは違い、中東の真実はなかなか伝わらないもどかしさを玉本さんは痛感し、これが無関心につながらないかと危惧する。「被害者が加害者になる。それが一般市民だということを現場で学んだ。これが戦争なんだと散々見てきた。一般市民はピュア(純)な存在ではない」と語気を強めた。

●イラクと日本の児童が懸け橋

 ならば、これからを生きる子どもたちに懸け橋となってもらおう。玉本さんは10年ほど前からイラクと日本の小学生同士の交流を図っている。東大阪市の意岐部(おきべ)東小、太平寺小と、国内避難民の子弟が通うアルビルのジャワヘリ小の例は、子どもたちに国境の壁などないことを教えてくれる。鉛筆とノートといったありきたりの援助はいらない。余っている。似顔絵を含む自己紹介カードが距離をぐっと縮めた。そして、お互いの家庭の様子をビデオで映し、玉本さんが両国を往復しながら結びつけていく。意岐部東小の児童が家でお好み焼きを焼くシーンがジャワヘリ小で映し出されると、飾らない大阪の実態に目を丸くする。すでにキャベツの千切りでどよめきを呼んでいた母親が大ジョッキのビールを一気に飲み上げる姿には立ち上がっての大歓声。こっそり父親がビールを飲むイラクの家庭と対比してしまうのだろう。そして日本の父親が掃除する姿にも驚きの声が上がった。お好み焼きにイスラム教では禁忌の豚肉が使われていた点は玉本さんは知らない振りをしてかわしながら、意岐部東小の児童の一人が、戦争をしないための“哲学”を語るのに感動する。「彼らの上に爆弾を落とさないために彼らの顔を知る」というものだ。知り合えば、もう他人ではない。名前のある友人の悲劇は人ごとではなくなる。仮想敵国をつくり、相手を非難するばかりで知ろうとしない選民意識は、戦争へのハードルを下げる。

 戦争で明日の命が保証されないイラクに対して同情を寄せつつも、日本ではいじめや自殺があると伝えると、ジャワヘリ小での反応も微妙なものとなる。だが、互いに大団円の結論へ向かう。「いろいろ大変やけど、お互いがんばろう」。これには集会の参加者も爆笑だった。「大変」のレベルが違うとは思うのだが、大人の凝り固まった精神を超えた単純明快な真理である。

●簡単には戻らない信頼関係

 イラクの家には、日本のアニメも多く進出している。玉本さんは玄関に子どもが描いた「ちびまる子ちゃん」の絵を見たことがある。「キャプテン翼」「ドラゴンボール」「UFOロボ グレンダイザー」も人気だ。テレビ番組の「風雲!たけし城」に対してイラクの大人たちは「こういう娯楽があるのは日本が平和だからだ」と納得して楽しんでいるという。だが、モスルにしても、これからがむしろ厳しい。「リベンジです」と玉本さんは表情を曇らせる。スポーツで使われる「やり返す」という軽い意味ではなく「復讐」。ISへの協力者が次々と殺されていく。深い考えもなくISに参加し、微罪で警察から釈放されたチンピラが翌日には路上で死体となっている。「コミュニティーが破壊されている。人の信頼関係は簡単に戻るものではない」と大きく息を吐いた。

 それでも、いや、だからこそ玉本さんは立ち止まらない。その行動力は、どこから来るのだろう。 初めてアフガニスタンへ行くと告げた時、父親から「アフガンの星となれ」と激励され、「3・11」の東日本大震災時には「イラクのほうが安全。戻ってくるな」と母親から忠告を受ける。ともに「いや、それは」と苦笑しながらも、常に支えてくれる両親に感謝した。開明的な親譲りの性格で、きょうも中東を慎重かつ大胆に駆け巡る。人々が普通の暮らしを取り戻す日を見届けるまでは。


Created by staff01. Last modified on 2017-08-09 16:43:56 Copyright: Default

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