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〔週刊 本の発見〕 『空が青いから白をえらんだのです 奈良少年刑務所詩集』
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第1〜第4木曜掲載・第15回(2017/7/27)

耳を澄まし心を澄ます

●『空が青いから白をえらんだのです 奈良少年刑務所詩集』(寮美千子・編 新潮文庫 520円)/評者=佐々木有美

 そういえば、わたしも詩を書いたことがあったなぁ。この本を読んでそんなことを思った。わたしの詩は、だれが読んだだろう。多分、ノートの片隅で、誰にも読まれずに忘れられてしまった。奈良少年刑務所で、詩を書いた少年たちがいた。その詩は、仲間に読まれ、仲間との魂のつながりを作った。有名な詩人の詩ではなく、詩とは多分、縁のなかった少年たちが書いた詩。生まれて初めて書いた詩だったかもしれない。それが、仲間の心を揺り動かし、生きる力を培った。

 今年3月、奈良少年刑務所は閉鎖され、「監獄ホテル」に生まれかわることになった。明治時代の美しいレンガ建築の建物は、少年たちのかわりに観光客を収容することになる。この刑務所にはかつて「社会性涵養プログラム」という更正教育があった。その講師を務めた作家の寮美千子さんが編んだのが、この詩集だ。

 このプログラムに参加するのは、自己表現が苦手だったり、心を閉ざしがちな子どもたち。詩の授業は月1回1時間半、全6回。それぞれ10人前後が参加し、2007年から9年間続いた。

 詩集を読み始めたとき、気にいった詩に丸をつけていった。そうしたら、初めからずっと丸が並んでしまった。本のタイトルになっているのが「くも」という詩だ。

 くも

 空が青いから白をえらんだのです

 これだけの詩だ。この詩を作ったA少年は普段あまりものを言わない子だったという。それが、この詩を朗読したとたん、堰をきったように語りだした。母の最期のことばが「つらいことがあったら空を見て。そこにわたしがいるから」ということばだったこと。母は父から暴力を受けていたこと。その話の途中で、教室の仲間たちが次々に語りだした。“この詩を書いたことが、Aくんの親孝行”“ぼくはおかあさんを知らない。この詩を読んで、空を見たら、ぼくもおかあさんに会えるような気がした”“Aくんのお母さんは、まっ白でふわふわなんや”

 寮さんは「たった一行にこめられた思いの深さ。そこからつながる心の輪。『詩』によって開かれた心の扉に、目を開かれる思いがした」という。詩の題材は自由。思いつかない人は「好きな色」について書く。

 黒

 ぼくは 黒が好きです
 男っぽくて カッコイイ色だと思います
 黒は ふしぎな色です
 人に見つからない色
 目に見えない 闇の色です
 少し さみしい色だな と思いました
 だけど
 星空の黒はきれいで さみしくない色です

 黒にこめた作者の思いが、伝わってくる。こんな美しい詩を書く人が犯罪者だった。ひょっとしたら、罪を犯す人は、純粋で美しすぎる心をどこかで断ち切られた人たちだったのかもしれない。


*写真=奈良少年刑務所

 受刑者たちが、自由に詩をつくり、自由な討論ができたのは、その環境も大きい。カーペット敷きで、靴を脱いでくつろげる教室。どんなことを言っても受け止めてくれる講師と教官。それがあってこそ生まれた詩だ。日本の刑務所の閉鎖性と人権軽視が指摘されるなか、こうした更正教育が行われていたこと自体、私には驚きだった。刑務所が閉鎖されても、このプログラムがどこかで継続されることを強く望みたい。

 詩を書きそれを合評する「その一連の過程は、どこか神聖なものだ。そして、仲間が朗読する詩を聞くとき、受講生たちは、みな耳を澄まし、心を澄ます。・・・すると、たった数行の言葉は、ある時は百万語を費やすよりも強い言葉として、相手の胸に届いていく。届いたという実感を、彼らは合評のなかで感じとっていく」と寮さんは書く。それは刑務所の中だけのことではないだろう。人と人が、心通わす言葉と場をもてば、わたしたちはもっと力強く生きられる。大切なメッセージを受け取った。

※続編に「世界はもっと美しくなる 奈良少年刑務所詩集」(詩・受刑者 編・寮美千子 ロクリン社)がある

*「週刊 本の発見」は毎週木曜日(第1〜第4)に掲載します。筆者は、大西赤人・渡辺照子・志真秀弘・菊池恵介・佐々木有美です。


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