本の発見(5) : いまへの危機感、抗う人への信頼『岩場の上から』 | |
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第5回(2017/4/15) いまへの危機感、抗う人への信頼●『岩場の上から』(黒川 創、新潮社、2700円)過去も、今も、そしてこの小説に描かれるように未来にも、社会の流れに抗って生きようとする人たちはいる。その人たちの人生の中にこそ希望は潜んでいる。作者はそう考えているに違いない。活動が忙しくて小説なんて読む暇がないと思っている人こそ読んで欲しい。その理由を以下に書きます。 小説の舞台は2045年、「戦後100年」の北関東の架空の町「院加」。町には核燃料処分場造成の噂がある。高校を中退して放浪中の少年シンがこの町にきて、平和を呼びかける活動家たちと知り合う。活動家たちに住まいを提供してもらううちに、役所に勤める女性と付き合う。彼女の兄はボクサーだったが、生活のために軍に入る。「積極的平和維持活動」と呼ばれる海外派兵を前に、この兄は脱走を企て、と話は展開する。 ストーリー展開には緊迫感があり、現実感がある。(余分なことかもしれないが、あらすじが本の帯に書かれているのは、興をそぐ。連載を未読だった読者のことも出版社は考えて欲しい)。それは今から27年も先のことなのだろうか。数年以内に起きても不思議ではない。時間を先にずらすことによって、今起きていることの意味がかえって浮き彫りになると作者は考えたのだろう。27年先の視点から今を見るというのは、今から27年前を見るのと同じことだ。例えば1989年のベルリンの壁崩壊の歴史的意味が、今振り返ると徐々に見えてくるではないか。 だから未来に起きることは今と地続き、「未来と過去はシンメトリー」(作者)なのだ。今を変えなければこうなっていく。社会は、簡単によくなどならない。全共闘世代の端くれである私なども、そう実感する、といって諦めのつく話ではないけれど。 そんな実感や、生活感情を、この小説は、しかしないがしろにしない。登場する一人一人の人生が掛け替えのないそれとして描かれる。生活も愛も性も、商売の駆け引きも交通事故も、それら丸ごとを抱えた民衆一人ひとりの人生がやり直しのきかないものとして丹念に描かれる。 運動で身体に傷を負い、活動から離れてしまった少年シンの父親が、離れたのは傷のためではなく、自分も含めて活動する人にあった「独善性」だと告白するところがある。また終幕近く父親が、「岩宿遺跡」を発見し日本に旧石器時代のあったことを証し立てた人を語る場面がある。「穏やかな人だったらしい。くじけない、強烈な自我があったに違いない。けれども、じっとそれを胸の奥にしまっておける、自制心の持ち主だった」と。名声や社会的身分などに振り回されることのない人だったとも。そうした話が説教ではなく、一つの作品世界の中で語られ、読むものに染み込んでくる。しみじみそうだと思う。それがこの小説。 ところで架空の町「院加」はアイヌ語の「インカルシ(いつも眺める所)」に由来していて、大岩「望見岩」がある。そこは町を見渡す場所なのだ。『岩場の上から』見渡してみよう、時間を超えて。町ならぬ日本を、世界を、歴史を。それがタイトルに込められた意味なのだろう。【志真秀弘】 *この連載「本の発見」は、1日=大西赤人・15日=志真秀弘、でお送りしています。なお、4月26日のレイバーネットTVでは「本の発見」シリーズの2回目をお送りします。 Created by staff01. Last modified on 2017-04-14 21:20:17 Copyright: Default |