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祖国イスラエルの武力「平和」に疑問〜ダニー・ネフセタイさん林田英明
イスラエルが中東にあることは知っている。面積が四国程度だと聞いて、なるほどとも思う。だが、ダニー・ネフセタイさん(59)が解き明かす祖国イスラエルの実相には少々驚かされた。来日して40年近くになる。日本女性と結婚し、二つの国の相違と類似が明確に見えるネフセタイさんは、埼玉県皆野町の「木工房ナガリ家」で注文家具をつくる傍ら、真の平和に向けた社会活動を続けている。 ●被害が国防意識高揚に反転 11月、西日本10カ所の講演行脚があり、福岡県福津市の会場には出版されたばかりの初の自著『国のために死ぬのはすばらしい?』(高文研)が机に並んでいた。ネフセタイさんの思いがストレートな題名になっている。しかし実は、最後のクエスチョンマークを取り去った「国のために死ぬのはすばらしい」という国家教育こそイスラエルの本質なのだと説き、幼い頃からの徹底した洗脳教育を身をもって体験していた。 移民国家イスラエルは、ネフセタイさんの祖父母も含め多くのユダヤ人がシオニズム運動によって移住してできたものだ。元々いたアラブ人の村々を破壊し、迫害して建国されたがゆえに今も近隣諸国との紛争が絶えない。 ユダヤ人は第二次大戦中、ホロコースト(大量虐殺)で一説には600万人ともいわれる命が失われている。その中にはネフセタイさんの親族も含まれる。2011年、ネフセタイさんは家族でアウシュビッツ・ビルケナウ強制収容所を訪れた。水も食料もトイレもない貨車に押し込められ、息絶えずに収容所にたどりついても働けるか働けないかの「選別」が待っている。働けないと判断されれば「ガス室」行きだ。劣悪な環境下、「絶滅収容所」と呼ばれた。ネフセタイさんは「長くても3カ月しか生きられません」と語った。
こうした息の詰まるアウシュビッツ見学を終えたイスラエルの学生たちがどう反応するかといえば、二度とこのような被害に遭わないための国防意識高揚である。原爆を落とされた日本の民意が核兵器廃絶であることを考えてみればよい。180度異なる対応だ。桁違いの虐殺を考慮しても、こうまで国民が一つの方向を向くためには徹底的な教育が施されなければ不可能である。ネフセタイさんは、自ら受けてきた体験を詳述する。まず、就学前からたたき込まれる二つの教訓を紹介した。何やら、旧日本軍の戦陣訓を思わせる。一つは「捕虜になってはいけない。最後まで戦い続ける」、もう一つが「国のために死ぬのはすばらしい」である。戦死した歴史の英雄をたたえる行事では小学校の教室の壁に大書した横断幕のスローガン「国のために死ぬのはすばらしい」が毎年掲げられるほどだ。「だから、戦死は最も栄誉ある死なんです」とネフセタイさんは語る。そして、「戦争を望むアラブ人と違って、ユダヤ人は平和を愛する優れた民族である」と信じ込まされ、家庭や地域、メディアの情報も重なって選民意識が醸成されていく。 そうなると、多感な子どもたちは戦争の英雄に興奮し「自分も続け」と勇み立つ。校庭には旧式ながらも大砲や戦闘機が置かれているところもある。その学校の出身で戦没した者の顕彰碑も建っており、独立記念日の軍事パレードはメイン行事としてテレビ中継される。今は予算の都合で飛行パフォーマンスに縮小されているが、ネフセタイさんが高卒後、3年間の徴兵でパイロットを目指したのも自然な流れだったといえよう。「イスラエル人にとって戦闘機パイロットはエリート中のエリートです」と振り返り、「イスラエルの子どもたちが毎晩安心して眠るため」に戦闘機を乗りこなす使命を素直に信じた。 だが、ネフセタイさんの運命は、養成コース終盤の試験を突破できなかったことで変わる。特殊レーダー部隊への転属に初めは落胆したという。落ちこぼれの心境。しかし、パイロットは与えられた命令を忠実に実行する機械にすぎない。一方、レーダー部隊では、空軍以外の部隊と行動することによって自分の頭で考え判断する素養が培われた。人間として目覚めたともいえよう。「戦闘機のパイロットになれなくてよかった」と述懐するのは、もしパイロットになっていたら、イスラエルを守るためにはパレスチナの子どもたちが犠牲になるのもやむを得ないと自己正当化したに違いないと感じるからだ。「戦闘機は、人を殺し、物を破壊するのにとてもすぐれた機械」と定義して唾棄するネフセタイさんだった。 ●「原発とめよう秩父人」設立 退役後、多くのイスラエル人が自分の時間を得ようと海外旅行に出かける。ネフセタイさんはアジアを選び、1979年、初来日を果たした。寝袋持参の貧乏旅行。外国人ハウスなどでさまざまな情報を得て、パンの耳を貴重な食事としながら、ヒッチハイクも含めて日本各地を回った。世界一物価が高いといわれた日本で極めて廉価に過ごし、気に入って再来日した翌年、現在の妻の吉川かほるさんと出会う。1985年、夫婦別姓の結婚。木工職人の道を目指し、3人の子どもにも恵まれ、借家暮らしの11年を経て秩父の皆野町にログハウスを夫婦二人で完成させ、現在に至る。子どもたちも20代となってそれぞれ独立し、今は自由な二人暮らしだ。
木工作家としての使命は何か。人が喜ぶ物をつくる? 間違ってはいないとネフセタイさんは思った。しかし、ある陶芸家の師匠はその答えを強く否定し、こう言った。「世の中を良くすることだ」。狭い領域にとどまらず、芸術家として社会と接しよ、ということだろうか。ネフセタイさんの生き方に影響を与えた言葉となる。福島第1原発事故後、私たちの多くは「知らなかった」ではすまされない地球的規模の危機を実感させられた。各地で集会やイベントが開かれる。むろん、積極的に参加し、社会にアピールすることはすばらしい。だが、その中身を周囲に伝え、日常化しなければ、一過性の自己満足に陥りかねない。道を切り開く意志と行動力があるのか、ネフセタイさんは自分に問いかけられているのではないだろうか。原発事故後、市民団体「原発とめよう秩父人」を設立し、今も2週間に一度は15人程度が集まって長時間、話を深めている。勉強を重ね、講演活動を続ける。「木工作りとどっちが本職ですか」と私も問い尋ねてしまったほどだ。 そんなネフセタイさんでも、イスラエルの武力による「平和」に明確な反対を示すようになるまでには時間がかかった。洗脳と母国愛が邪魔をしたのだろう。2008年末から約3週間にわたったガザ紛争で1400人を超えたパレスチナ側の死者の大半は一般市民であり、死傷者の3分の1は子どもたちだった。アラブ諸国では「ガザの虐殺」と呼ぶのもうなずけよう。妻はその2年前から疑問を発していたのだが、夫もようやく、ここに至って「目覚めた」。しかし、そう考えるイスラエル人はほとんどいない。ネフセタイさんがヘブライ語のブログで発信しても「批判したければイスラエルへ戻って来い」と聞く耳を持たず、自国の戦争志向を「今回は別の方法がなかった」と言い放ち、パレスチナ側の抵抗を持ち出しては正当化する。「イスラエル国防軍は世界一ヒューマニストな軍隊」とイスラエル人は本気で思っているというから、これはもうブラックユーモアと呼ぶしかない。 ●軍事費は増え貧困にあえぐ 「平和」は、この道しかないのか。そう誰が決めたのか。武器の値段は上がっていく。 1979年、イスラエル製戦車「メルカバ」が開発された。当時、世界トップレベルといわれ、これで安全と抑止力は保証されたと喧伝された。1台1億5000万円。国民は安堵した。しかし、3年後、「メルカバ」マーク2、さらに8年後、マーク3、そして14年後の2004年、マーク4に至って、それは6億円というカネ食い虫になった。軍需産業の高笑いが聞こえる。自衛隊の駆け付け警護が任務として付与された南スーダンに、イスラエルは武器を輸出している。武器輸出三原則を緩和した武器装備移転三原則によって、イスラエルの武器に日本製の部品が使われる可能性が高まった。すでに防衛装備庁がイスラエルと無人偵察機を共同研究する準備を進めていることが7月に明らかになっている。イスラエルの国家予算の2割は軍事費で、子どもの3人に1人は貧困にあえぐという。5兆円を超えて増え続ける防衛費に比例するように子どもの貧困が6人に1人と悪化している日本。いま「防衛費」と書いたものの、イスラエル国防軍は「Israel Defense Forces」、自衛隊は「Self-Defense Forces」。防衛と侵攻はコインの裏表。いつ引っ繰り返るかは分からない。 災害時、献身的な自衛隊員の働きに国民は感銘している。だからこそ自衛隊への支持率も高い。しかし例えばステルス戦闘機F35や垂直離着陸輸送機オスプレイなどは災害時に役立つシロモノではない。そのカネがあったら救急車などを充実させたほうがいいとネフセタイさんは感じている。オスプレイよりもドクターヘリのほうがはるかに有益だと私も思う。 東武東上線に乗っていたら、こんな吊り広告があったとも紹介した。「JAPAN PRIDE 自衛官募集」。役所や学校にも広がっているようだ。『MAMOR』(マモル)という防衛省広報誌が存在することも初めて知った。防衛庁から防衛省に昇格した2007年1月創刊というのは偶然と思えない。「ジワジワ、国がその考えを育てるんです」とネフセタイさんは警告した。 そして「戦争産業も原発産業も同じ」と続ける。ごく一部の人間の利益のために圧倒的多数の被害者が生まれる共通項を見いだすのだ。深刻な話もユーモアを交えて笑顔を絶やさなかったネフセタイさんの表情が引き締まる。「私たちが裕福になるために世界の子どもたちを殺していいのか」。そこには、武力や核によって世界を支配しようとする者たちへの怒りが湧き出ていた。 ●現実を直視し政府に異議を 自著に対する身内からの予想外の反発がネフセタイさんを困惑させた。ユダヤ人の歴史を学びイスラエルに興味を持っていたかほるさんと意気投合した電撃的な出会いを記したところ、2週間で同居に至った純愛物語も義母には「軽い」と嘆かれてしまったのだ。娘を思う80代の親の生理的反応を見誤った。ネフセタイさんが妻を裏切ることもなく、子どもたちを夫婦で育て上げ、地域に溶け込んできた実績も評価の対象外とあっては苦笑いを浮かべるしかない。ただ、それ以外は良好な関係を保っており、支援に感謝もしている。義母の誤解をこれからゆっくり解いていくつもりだ。 一方、イスラエル人からの否定的な反応は想定していた通りだった。「これではイスラエルを嫌いになってしまう」という批判は、しかし的外れだと考えている。こもりがちで自己主張を控える日本人と違って開放的なイスラエル人の親しみやすさは長所だと思う。いや、だからこそ現実を直視して政府の政策に異議を唱えることこそ真の祖国愛と信じる。それは「100年後も使える家具作り」を目指す長期的な視野に立つネフセタイさんの世界観に合致する。 ヘブライ語の「シャローム(平和)」は、単に争いのない状態を指すだけでなく、生命感あふれる動的な意味合いを持っている。ログハウスの外に、イスラエル国旗のダビデの星に代えて「シャローム」と書いた旗を張っている。ある民放がネフセタイさんの木工作りを取材しテレビで紹介しようとしたが、この旗を含めて「平和」に関するポスターやチラシが映らないよう一時的に取り外すようお願いしてきたという。テレビ局にとっては、外国人が注文家具作りに汗を流す、安心できる無色の感動ものを狙っている。視聴者からのクレームの要素をつぶしていくのだ。非戦を掲げた「平和」は、政府方針に反旗を掲げる過激思想と評定される時代になった。ネフセタイさんにとっては、木工作りと平和活動を切り離すわけにはいかない。結局、話は流れた。視聴者に迎合するメディアの自主規制を認めてしまう番組に出るのは自分を偽ることになると感じたに違いない。 イスラエルにいると、周囲を敵と考える。その指導者は悪魔のような存在と教えられ、自分の側の「正義」が強調される。では、日本はどうだろう。改憲にからんで「ナチスの手口に学んだらどうかね」と発言する元首相がなお要職にとどまる異常をネフセタイさんは説く。情報は曲げられていないだろうか。敵をつくることによって得をするのは誰なのか、立ち止まって考えてみたい。ネフセタイさんの「目覚め」は、人ごとではない気がする。 Created by staff01. Last modified on 2016-12-19 14:48:37 Copyright: Default |