松本昌次のいま、読みつぎたいもの : 藤田省三「松に聞け」 | |||||||
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藤田省三「松に聞け」この標題には、(註)があります。「不遜にも、松尾芭蕉の名言『松のことは松に習え』(三冊子)を一個の比喩として扱って『拡大利用』したもの」云々と。そして、1963年、乗鞍岳に、観光施設として自動車道路を開発するため、高山地帯固有の「ハイマツ」、厳しく苛酷な条件に屈服することなく、岩面に「這う」ようにして生きてきた「這松」を、いかに悲惨に「殺害」したかについて、傍題にあるように、「現代文明へのレクイエム」として語った、わずか数ページの文章です。(写真=藤田省三さん)ところで、犠牲となった木の一本一本を集めて、その「悲惨な屍体の解剖」により、「一つの葬い」を行った人がいます。それによると、標高2550メートル地点で殺害された95本のハイマツの平均樹齢は、109年、1年ごとの成長を示す年輪幅の平均は0.37ミリ。このようにして、標高2650メートル地点で、平均樹齢110年のハイマツが98本、標高2750メートル地点で、平均樹齢77年のハイマツが61本、殺害されたのです。「厳しい存在に対する感受性の欠落であり、さらに正確に言えば厳しさと優しさの両義的共存に対する感得能力の全き消滅」と、藤田さんは語っています。 この乗鞍岳開発によるハイマツの大量虐殺に象徴される「高度成長の所産」は、いまなお、日本全土を掩っているのではないでしょうか。藤田さんが列挙しただけでも、「第三次産業」の国境の飛躍的拡張、土木産業と土木機械業の新たな急成長、「行楽人口」と「行楽距離」の増大がもたらす消費活動の急膨張、GNPの上昇、自動車販売市場の急速な拡大etc。しかし何よりもまず問題なのは、「人知れず横たわる」ハイマツを横目に、「便利」と「享楽」を求めて殺到する人びとの群れです。のちに藤田さんが喝破した「安楽への全体主義」です。にも拘らず、藤田さんは、おわりに、この危機の時代における認識を支えるものは「犠牲者への愛」であり、「他者の認識」としての犠牲者に対する「鎮魂歌」こそが「蘇生への鍵」であると、一縷ののぞみをわたしたちに托して、エッセイを閉じています。 さてここで、わたしも芭蕉と藤田さんの名言を「一個の比喩」として、「拡大利用」し、このごろの日本と韓国で起こっている一事件――朴裕河氏の著書『帝国の慰安婦』(朝日新聞出版)と、それをめぐる一部の日米の学者・ジャーナリストの反応について、大急ぎで、抗議のひとことをつけ加えざるを得ません。朴氏の著書に対し、「ナヌムの家」に暮らす9人の女性が、名誉棄損で告訴、勝訴しました。当然のことです。くだらない古山高麗雄氏の戦争小説などを援用したりして、日本軍「慰安婦」を、日本軍の「同志」「協力者」に仕立て上げようとした著書は、まさに「犠牲者への侮辱」以外の何ものでもありません。朴裕河氏よ、「松に聞け」、辛うじて生き残っている日本軍「慰安婦」に、「愛」をこめて耳傾けて欲しいというほかありません。 さらに愕然としたのは、朴氏の起訴に対し、日米の知識人65人が、「学問や言論の自由」を看板に、抗議声明を出したことです。その中にはわたしの存じ上げている方もいて、ユーウツですが、ここに名を連ねた一人である大江健三郎氏はかつて、柳美里氏の『石に泳ぐ魚』の出版禁止事件の折、「発表によって苦痛をこうむる人間の異議申し立てが、あくまで尊重されねばなりません。」と表明したとのことです。今回の抗議声明への加担とは、全く逆ではないでしょうか。なんでも、「学問・言論の自由」を唱えていればコトが済むと思っている方たちよ、まずみずからの「感受性の欠落」を見つめ、「犠牲者への愛」を学問・言論の根底に据えて欲しいと願います。 (この事件については、鄭栄桓(チョン・ヨンファン)氏の『忘却のための「和解」―-『帝国の慰安婦』と日本の責任』世織書房刊が、純理をつくして論じており、感動的です。朝日新聞社は、こういう本にこそ「大佛次郎賞」を上げるべきでしょう。) *「松に聞け」 初出=『戦後精神の経験』1 1996年2月(影書房)/藤田省三著作集7『戦後精神の経験』1 1998年5月(みすず書房)再録 Created by staff01. Last modified on 2016-04-01 14:15:55 Copyright: Default |