木下昌明の映画批評 : 『徘徊 ママリン87歳の夏』 | |||||||
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●田中幸夫監督『徘徊 ママリン87歳の夏』 さまよう母と追う娘の日々描く〜認知症800万人時代の話題作物忘れがひどいのは年のせいか。もしかしてこれは認知症の始まりか――。日本社会は今や高齢者の4人に1人が認知症で「認知症800万人時代」と呼ばれている。決して人ごとではないのだ。田中幸夫監督の『徘徊 ママリン87歳の夏』は、認知症の母がビルの林立する大都会をさまよい、それを探偵よろしく追跡していく娘の日々を描くドキュメンタリー。娘の洒井章子は大阪・北浜の自宅マンションで画廊を営み、認知症の母と二人で暮らし始めて6年になる。だから、母との対応も板についたものだ。 デイサービスから帰った母を迎えるトップシーンから笑わせる。母が娘に聞く。 「これは誰の家? 刑務所?」 刑務所かと問うのは、ドアをどんどん叩いて暴れても外に出してくれないからだ。次に「あんた誰?」と聞く。「あっこ? おかしいなあ。あたし、あんたの親?」と首をかしげる。毎日顔を合わせていてこの調子なのだ。最初は爆笑の連続だが、ふと、自分もああなるのかもしれない、と身につまされてくる。 認知症映画といえば、森繁久彌主演『恍惚の人』(1973年)に始まって、今秋公開の松坂慶子主演『ベトナムの風に吹かれて』に至るまで数多い。昔は老人性痴呆症とよばれていた。なかで『花いちもんめ』(85年)の千秋実扮する老考古学者が工事現場で土管のカケラを拾い、古い土器を発見したように感嘆の声を上げるシーンは忘れられない。人間が壊れていく無残をそこに見た。 本作で興味深かったのは、母が生まれ故郷の北九州・門司に帰ろうとさまようシーン。カメラはどこまでも寄り添って捉えていく。それによって、彼女の壊れた内面も見えてくるのだ。彼女にとって現実は故郷に帰りたくとも帰れない、不可解な「カフカの世界」なのだろう。徘徊した距離はなんと4年間で1844キロ。 母を後方から見守る娘をはじめ、町の人々の応対が自然でさわやかだ。(木下昌明・『サンデー毎日』2015年10月18日号) *東京・新宿K’s cinema他で公開中。全国順次公開。 〔追記〕この映画が公開されてから、ママリンは“認知症のアイドル”とよばれるようになったそうです。 Created by staff01. Last modified on 2015-10-12 12:53:48 Copyright: Default |