飛幡祐規 パリの窓から(31)〜ウクライナ、ニジェール、フランスから見える暗黒の原子力 | |
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第31回・2015年5月4日掲載ウクライナ、ニジェール、フランスから見える暗黒の原子力*写真=Leopold Maltret バスティーユ広場「再生エネルギー100%のヨーロッパ」「脱原発は可能だ!」 今年は、チェルノブイリの事故から29年目にあたる。フランスでもチェルノブイリ・デー(4月26日)の集会など、各地で催しが行われた。 1986年の事故当時、フランス政府は放射能汚染の事実を隠蔽し、国の放射線防護機関の責任者ペルラン教授は、「措置を必要とする線量ではない」と断言した。そのため、食品の出荷規制が行われたドイツなどと異なり、フランスではみんなミルクを飲みつづけ、食品を食べつづけた。以後、汚染のひどかったフランス東部、南東部、コルシカ島などでは甲状腺ガンをはじめ、さまざまな疾患が増えている。しかし、コルシカ島の甲状腺疾患の人々と市民団体クリラッド(CRIIRAD放射能測定の独立機関)がペルラン教授に対して起こした訴訟は、破毀院(最高裁)でも敗訴してしまった。事故との因果関係を認められなかったのである。 当時、疑問を抱いた市民たちが、リヨンの原子力物理学研究所にサンプルの測定を頼んだところ、公式発表の1万〜10万倍の値が検出された。このとき測定にのりだした有志がフランス南部のヴァランスにつくった放射能の調査・研究団体がクリラッドであり、創立メンバーのミシェル・リヴァジは現在、緑の党(EELV)の欧州議会議員である。フランス西部にある放射能測定団体アクロ(ACRO)も、国の嘘にショックを受けた市民たちがチェルノブイリ事故後に発足させた。双方とも福島原発事故以来、日本の市民による放射能測定を援助し、協力を続けている。 4月22日、パリで唯一、緑の党の区長がいる2区の施設で、チェルノブイリ事故がもたらした健康被害の研究者、ユーリ・バンダジェフスキー教授(写真)が最近の研究の発表を行った。バンダジェフスキー教授はセシウムの低線量被曝が癌や白血病だけでなく、心臓血管系の疾患を増加させることを示した研究で注目を浴びたが、ベラルーシ政府を批判したため、1999年に冤罪で逮捕され、投獄された。フランスをはじめヨーロッパ各地の市民団体の抗議と支援によって、2006年に釈放された後は、ウクライナで活動を再開した。しかし、ウクライナ政府もチェルノブイリ後の健康調査・治療に消極的なため、ミシェル・リヴァジ、ダニエル・コンベンディット、コリーヌ・ルパージュなど欧州議員たちが働きかけ、EUが400万ユーロを出資して、キエフ州イヴァンキブ(イヴァンコフ)に「環境・健康研究センター」が創立された。 このセンターでバンダジェフスキー教授をはじめとする医師たちは、地域に住む子どもたち(3歳〜17歳)の健康調査を行っている。チェルノブイリ事故の10年以上後に生まれた第二世代の子どもたちである。3088人を対象にした2014〜15年の調査によると、なんと81.9%に心臓血管系の異常(不整脈、頻脈・徐脈、高・低血圧など)、5,6%に甲状腺の疾患が認められたという。この最近の調査で、心臓血管系の疾患はとりわけ男子に多いことがわかった。「こうした健康上の問題が、おとなになってもっと重大になることが懸念される。子どものときから予防策を講じていくことが必要だ」とバンダジェフスキー教授は語った。 子どもたちが住む地域はチェルノブイリから50kmくらいのところで、食品の汚染は全体的に減ってきているが、キノコやベリー類、猟肉からはいまだ、とても高い汚染値が発見されることがある。住民は汚染された地域に住みつづけ、その土地の食品を食べている。「これらの疾患が遺伝子によるものなのか、汚染食品による内部被曝によるものかを見極めなくてはなりません」とミシェル・リヴァジは言う。彼女はまた、チェルノブイリ事故の影響についてEUは6000万ユーロ以上出してたくさん調査・研究が行われたのに、健康調査の結果が公表されない現状を厳しく批判した。EU が出資した「エートス」「コール」などのプログラムは実のところ、原子力推進勢力(=国際原子力ロビー、CEPNフランス原子力防護評価研究所など)の主導によって、放射能汚染地に住民を継続して住ませるため、そして低線量被曝の悪影響を否定するために利用されたのだ(『国際原子力ロビーの犯罪 チェルノブイリから福島へ』コリン・コバヤシ著、以文社など参照)。事故の悪影響は主に心理的・精神的なものだとする彼らの見解は、福島事故後の日本でも使われている。また、避難地域を制限するために、ヨーロッパで原発事故が起きたときに、年間許される被曝量の最大値をEUでも20〜100ミリシーベルトに引き上げようとしている(EURATOM欧州原子力共同体指令2013-53)とリヴァジは指摘し、欧州議会の頭ごしに原子力関係の政策が進められる非民主主義的な現状を訴えた。 翌日の4月23日は、2区の区役所でニジェールのウラニウム鉱山地帯についての講演があった。フランスの写真雑誌ジェオ(GEO)1月号に現地のルポを書いたアリサ・デコート豊崎(写真右)、現地でNGOをつくったアブドゥカデル・アリフナ、アルリットにあるアレヴァ社のウラニウム採掘場付近で放射能汚染の調査をしたクリラッドのブリュノー・シャレロンの3人が発表した。 ニジェールはアルジェリアとリビアの南、ナイジェリアの北、マリ、ブルキナ・ファソ、ベナンの東、チャドの西に位置し、金、鉄、ウラニウム、石炭など資源が豊富なのに、世界で最も貧しい国のひとつである。ニジェールにウラニウムがあることを1959年(独立の1年前)に発見したフランスは、1968年から採掘を始めた。アルリットは1980年代までフランス人とニジェール人の労働者で賑わったが、当時はフランス人労働者も含めて、放射線防護は全く行われていなかった。70〜90年代に働いた人々は、すべて死亡したか障害を抱えているという。 ウラニウム鉱山労働者に限らず、健康被害は住民と家畜にも顕著となり、水の汚染など環境破壊も深刻になった。2001年、人権と環境を守るための市民団体アギル・インマン(「魂の盾」)が現地で創設され、放射線線量の測定をクリラッドに依頼した。ブリュノー・シャレロン(写真下)は2003年に現地で測定を行った。ニジェール政府はこれを阻止しようと空港で測定器を没収したが、隠しもっていた小型器を使って測定したところ、井戸やくず鉄でできた品物(消費材に乏しいため、採掘場で使われた鉄製の部品は、鍋や建築材にリサイクルされる)は高い放射線線量を示した。 ウラニウム採掘は地下水を汚染するだけでなく、砂漠地帯で貴重な水を大量に消費する。アギル・インマンによれば、地下水の70%が既に枯渇し、旱魃が広がっているという。この地方では何世紀にもわたってトワレグ族など放牧民の移牧が行われてきたが、雨期の後も牧草が育たなくなり、家畜の死亡や奇形が頻発した。飲料水だけでなく、地上に放置された廃棄物による大気汚染により、住民の呼吸疾患も増えた。 クリラッドの他にもシェルパ、グリンピースなど多くの市民団体とジャーナリストがこの問題を告発したが、アレヴァ社は放射能汚染の事実を認めず、労働者の防御が少しマシになった(手袋とマスク使用)程度。健康診断はアレヴァ社が出資した病院で行われるため、情報が隠蔽される上、退職した労働者に対する健康管理対策はとられていない。最近になって初めて、元ウラニウム採掘場のフランス人エンジニアの家族が、アレヴァ社に対して訴訟を起こした。彼はニジェールのアコカン鉱山で1978〜85年働き、2009年に肺癌で死亡した。2012年、原因がウラニウムとコバルトの吸引であるという病気証明によって、社会保障で職業病の認定がされて勝訴したが、控訴院では敗れた。雇用者が現地のアレヴァの子会社(しかし少数派株主)だったためである(ちなみに、この子会社コミナック社は日本の海外ウラン資源開発も株主になっている)。 さて、昨年の秋、カメラマンのパトリック・シャピュイと共にアリサ・デコート豊崎がニジェールを訪れたのは、アルリットだけでなく、2007年から中国国営企業がウラニウム採掘を始めたアゼリックの状況を取材するためだった。サハラ砂漠の自然と放牧民を愛するアリサは、トワレグ族に仕事をもたらすために、アルジェリア南部のサハラ砂漠で「らくだキャラバン旅行」などのプロジェクトを行っている。彼女は近年、トワレグ族の友人たちから、ウラニウム採掘によってアゼリットの環境が破壊されている悲惨な状況を知らされた。移牧の拠点であるこの地方には塩田があり、毎年秋に10万人に及ぶ放牧民が集合する「塩療養」祭りが催される。しかし、放射線防護を無視した劣悪な条件でウラン採掘が始まって以来、採掘労働者はもとより、塩田労働者の健康も損なわれ、家畜に病気が広がった。 採掘会社に採用担当者として就職したアブドゥカデル・アリフナは、劣悪な労働条件と健康被害・環境破壊の現実に衝撃を受け、行動を起こすことにしたという。2012年、放射能についての知識を広め、健康と環境保護をめざす若者たちの組織、ウグブル・オンファスを立ち上げた。2013年には労働条件の改善を求めて、600人のニジェール人労働者が2か月ストを行ったが、何も得られなかった。しかし、動物の異常と環境破壊に気がついた放牧民たちの不安は大きな抗議に結びついた。2014年9月、市民団体アギル・インマンはアガデスで、「ウラニウム鉱山周囲の環境と平和・安全擁護」のための市民フォーラムを催し、放牧民の首長たちとNGO、採掘会社が参加した。市民団体など住民たちは、独立した機関による調査を要請している。 アリサたちが昨年の取材で集めたサンプルをクリラッドに分析してもらったところ、アゼリットの沼からは、WHOの基準より高いウラニウムとヒ素などが発見された。井戸の水のウラニウムの量は基準以下だったが、アルミニウムや硝酸塩が出た。これらウラニウムや金属による汚染に加え、放置されている廃棄物による大気の放射能汚染も問題である。 フランスは原子力発電に必要なウラニウムの約3分の1をニジェールから輸入している。アレヴァ社は儲かるが、ニジェールにはウラニウムがもたらす価値の12%しか還元されないという(国の予算の5%以下)。フランスの(過剰な)電力生産のために健康と命、環境を破壊されたニジェールでは、90%の人が電力なしで暮らしている。アブドゥカデル・アリフナの住むアゼリットにも、ほとんど電気はない。ウラニウム鉱山は、約束された経済発展、雇用と豊かな暮らしをもたらさずに、汚染と環境破壊が進む一方なのだ。「ニジェールの住民は、ウラニウムは元からあった場所に眠らせておくべきだと言っている」とアブドゥカデル・アリフナは強調した。 さらに、ニジェールでは近年、トワレグ族の反乱やイスラム過激派による戦闘や誘拐事件など、政情不安がつづいている。アリサとジェオ誌は、取材にあたってフランス政府から旅行の断念を勧められたが折れなかったため、現地でニジェール政府軍の兵士5人と憲兵2人の護衛をつけられた。しかし、護衛の中にトワレグ族の人がいて、彼らとの関係は比較的よかったという。採掘施設には日中近寄れなかったが、住民たちの声と現状を伝えた優れたルポは、フランスの報道雑誌出版社組合から最優秀調査賞に選ばれた(ここに紹介した内容は、彼女の記事から多くを引用している。写真だけ下のリンクで見ることができる)。日仏バイリンガルのアリサは、福島原発事故後から警戒区域などにも赴き、フランスの新聞・雑誌のために現地のルポを書くようになった。勇敢かつ冷静な行動力を発揮する彼女の、今後の活躍に期待したい。(ジェオ誌2015年1月号掲載記事の写真:http://photo.geo.fr/au-niger-sur-la-piste-de-l-uranium-9533 ) ところで、アレヴァ社はアルリットから80km南のイムラレンに新たな巨大ウラニムム採掘場(年間5000トン)を建設していたが、2012年に始まるはずだった採掘は2014年、さらに2020年まで延期された。福島事故後、ウラニウムの価格が低下したこと(需要が減った)や、ニジェールでアレヴァ社に対する抗議が増大していることなどが関係しているらしい。また、アゼリットの中国企業の採掘も最近、一時閉業になった。アブドゥカデル・アリフナも3か月前から「技術上の操業停止」だ。そこで、現地で放射線防護に対する知識を広めるために、これからクリラッドで放射能測定の教習を受けることになった。不幸しかもたらさないウラニウム産業は必要ないと、ニジェールの現状がもっと国際社会に理解されることを彼は望んでいる。 チェルノブイリ・デーには、パリのバスティーユ広場で反・脱原発市民による集会が催された。あいにく雨が降りつづけたが、100人近く集まった市民たちは、ベラルーシのベルラド研究所を援助している市民団体「チェルノブイリ/ベラルーシのの子どもたち」の現状報告を聞いた。また、脱原発・エネルギー政策転換を奨励する市民団体「グローバル・チャンス」の創始者のひとり、核物理学者のベルナール・ラポンシュ(写真右)は、フランスでも巨大事故が起きる可能性を説明し、建設中のEPR(欧州加圧水型炉)の問題点にも言及した。 4月中旬、フラマンヴィルで建設中のEPRに関して、フランス原子力安全局(ASN)の手厳しい報告書が公表された。圧力容器のヘッドと下鏡のステンレスに重大な欠陥がある(耐食性が悪い)という内容で、新たなテストで安全性が保障されされないかぎり、稼働は認められないと安全局は強調した。(ちなみに、圧力容器の円筒胴体部を製造しているのは日本だけだが、問題のヘッドと下鏡はフランスのアレヴァ社の子会社が製造した。)ところが、ヘッドと下鏡を締結した圧力容器はすでに今年の1月にとりつけられており、再循環出入り口ノズルも溶接済みだという。欠陥が再テストで確認されれば、安全性の保障された部品に取り替えなければならない。さまざまなトラブルによって、EPRの建設はこれまで再三遅延し、稼働予定も2012年から2017年に延期されたが、今回の報告書によってさらに遅れる(あるいは永遠に稼働できない?)可能性も出てきた。当初33億ユーロの予定だった建設費は、85〜90億ユーロに跳ね上がった。地元の市民団体クリラン(CRILAN) をはじめ反・脱原発市民団体と緑の党は、国の息がかかっていない独立した専門機関によるテストを要求している。「これ以上巨額のむだ金を使うのはやめて、危険なEPR建設をとりやめるべきだ」と、クリランのディディエ・アンジェは訴える。 にもかかわらず、強力な原子力推進勢力に牛耳られたフランスの政界・経済界は、脱原発に消極的だ。オランド政権の目玉だったはずの「エネルギー転換」法案の国民議会採決後の元老院採決では、「2025年までに電力生産における原子力への依存率を75%から50%に縮減する」という大統領の選挙公約から、「2025年までに」という文言が消えたほど脱原発の原理が後退し、最終的な法案の行方はまだわからない(夏前に再審議の予定)。政府のエネルギー転換政策の後退を証明するかのように、4月中旬の環境・エネルギー制御局主催の再生エネルギーについてのシンポジウムでは、発表されるはずだった「2050年に電力の100%を再生エネルギーで供給することは可能だ」という趣旨の報告書が、シンポジウムの数日前にプログラムから外され、タイトルは「2030年、フランスは電力の40%を再生エネルギーにできるか?」に変更された。 そのことをすっぱぬいたル・モンド紙の4月4日の記事につづき、4月8日にはメディアパルトがインターネットで報告書全文を掲載した。原発依存率が異常に高いフランスでも20年くらいで脱原発が実現できるというシナリオは、グローバル・チャンスやネガワットなど市民団体がすでに提唱してきたが、遂に国の機関でも(もっと期間は伸びるが)脱原発と共に温暖化ガスを削減するシナリオが可能なことを計算していたことが、こうした報道で明らかになったのである。 一方、1年7か月以上も原発ゼロを実現している日本では、2030年に再生エネルギー22〜24%、20%強を原子力という経産省の電源構成案が発表された。原発の老朽化、巨大地震・津波などによる事故の可能性、ずさんな避難計画など、安全性がまったく保障されていない現実を否認して、政府と電力会社は再稼働を急いでいる。福島事故以前と同じ「はじめに原子力ありき」のシナリオを書く人たちにとって、いまだ収束のめどさえつかない原発事故と、それが現在と未来の人間・社会・環境にもたらす巨大で取り返しのつかない被害と苦悩は、否認(白井聡が『永続敗戦論』で言うところの「否認」)されているのである。 2015年5月1日 飛幡祐規(たかはたゆうき) Created by staff01. 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