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木下昌明の映画批評『北朝鮮強制収容所に生まれて』
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●マルク・ヴィーゼ監督『北朝鮮強制収容所に生まれて』
 母と兄を自ら密告――脱北者が語る故郷「強制収容所」

『北朝鮮強制収容所に生まれて』は、脱北して韓国に住む申東赫(シン・ドンヒョク)という青年にインタビューしたドキュメンタリーだが、いろいろ考えさせられた。

映画は申の語る収容所での体験話に合わせ、アニメによって再現されている。パンフレットによると、監督はこれまでボスニアやパレスチナなど紛争下での人命や人権問題を撮ってきたドイツ人のマルク・ヴィーゼ。彼は「収容所に生まれ、23年間、鉄条網の向こうには別世界が広がっているなんて思いもよらなかった」という申に興味を抱き、焦点を当てたという。

申は、1982年生まれで、4万人を収容する「第14号管理所」で育った。そこは、一度収容されると出所不可能な政治犯が多い“完全統制区”。申がなぜそんな所で生まれたか。それは模範的な収容者に与えられる「表彰結婚」によってだった。しかし、囚人の子は生まれながらにして囚人なのだ。食事は毎日トウモロコシと菜っ葉汁で、「家具」というモノの存在すら知らなかった。

現在、申はソウル市で自由に暮らすが、部屋に家具は見当たらない。また、彼の腕は逆さづりの拷問による後遺症で湾曲したままである。

申の話はリアルだが、自分が母と兄を密告した核心に入ると途切れがちになる。兄は管理所内のセメント工場から逃げだし、母は彼に山に逃げるようそそのかしていたからだ。見つかれば処刑される。それは、親子の愛情よりも密告を優先奨励する社会の実像にほかならない。揚げ句、目の前で母と兄が公開処刑されても「何の感情もわかなかった」と。

自由のない社会では密告が横行する。これは日本にも起こり得る。申の話を裏付けるように、脱北してきた看視する側の元収容所所長や保衛員にもインタビューしている。

では、そんな申が韓国に来て幸せになったか。彼は「自殺者が多く、お金に支配されている」となじめないでいる。夢は「収容所がなくなれば、祖国に帰って収容所の土地を耕しトウモロコシを育てます」という。どんなに悲惨でも、そこは申にとっての故郷なのだ。 (木下昌明・『サンデー毎日』2014年3月2日号)

*3月1日より東京・渋谷ユーロスペース。以下、全国順次公開。


Created by staff01. Last modified on 2014-02-28 11:09:40 Copyright: Default

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