●ミハル・ボカニム監督『故郷よ』
愛も家族も引き裂いた放射能禍―“現在進行形”のチェルノブイリ
プリピャチは「ゾーン」という立ち入り制限区域にあり、別名“死の区域”と呼ばれている。この町を意識するようになったのは、オーストリアのニコラス・ゲイハルター監督『プリピャチ』(99年)を見てからだ。チェルノブイリから3キロ離れた、原発作業員ら5万人が住んでいた町は、事故(86年4月26日)の3日後、強制退去によって廃虚と化した。が、故郷を捨てきれずに舞い戻って暮らしている老夫婦に映画は焦点をあてていた。その後、彼らはどうなったろう。
その同じ町を舞台にした劇映画『故郷よ』を見た。監督はイスラエルのミハル・ボカニムという女牲で、ドラマは原発事故の前日からはじまる。プリピャチは川の名前で、川ではボートに乗った恋人たちが戯れ、岸では原発技師の父と息子がリンゴの苗木を植えている。のどかな春の日、誰が明日の惨事を予測できたろうか。
翌日は恋人たちの結婚式で、人々が川岸のパーティーで歌い踊っている。川には大量の魚の死骸が浮いているが気付く者はいない。突然、新郎に「森林火災が起きた」と呼び出しがかかる。次の日、花嫁のアーニャは病院に駆けつけるが、「彼は人間原子炉になっている。近づくな」と警告される。
10年後、アーニャは故郷を捨てきれず、チェルノブイリの観光ツアーのガイドとして働いている。彼女には2人の恋人がいるが、どっちつかずの関係を続けている。彼女が防護服の観光客を案内する中、プリピャチの光景が映し出される。動かない大きな観覧車がポツンと立って、荒廃の象徴のようだ。
惨事の前は「愛がすべて」と言っていた彼女や、家族を大切にしていた技師は、事故で家族と引き裂かれ、元に戻れないままさまよっている。ここでは、もう「愛」とか「家族」のドラマは成り立たなくなった。
アーニャがシャワーを浴びていて、ふと抜け落ちた髪を手にとるシーンは衝撃的。チェルノブイリは昔々の出来事ではない。いまも進行中なのだ。(『サンデー毎日』 2013年2月24日号)
*東京・シネスイッチ銀座ほか全国公開中
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Last modified on 2013-02-21 14:07:43
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