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木下昌明の映画批評『約束―名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯』
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●齊藤潤一監督『約束―名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯』
独房50年・奥西死刑囚の人生―『名張毒ぶどう酒事件』の深層

1961年に三重県名張市で起きた「名張毒ぶどう酒事件」。公民館で開かれた懇親会で出されたぶどう酒を飲んで女牲5人が死亡。当時35歳の奥西勝死刑囚(86歳)が妻と愛人との三角関係を清算するため、農薬を混入したとして逮捕・起訴され、一審は無罪、控訴審で逆転死刑、72年に最高裁で死刑が確定している。

事件に関心が薄かった筆者は「ほかに犯人がいるのか」くらいの思いしかなかった。しかし、齊藤潤一監督の『約束――名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯』を見て事件の奥深さに唖然とし、おのが無関心を恥じた。これは冤罪事件であり、司法が仕組んだ犯罪ではないのか。

監督・脚本を手がけた東海テレビの齊藤、プロデューサーの阿武野勝彦は『平成ジレンマ』『青空どうぼう』などの傑作ドキュメンタリーを生み出している。いずれも地元局ならではの取材力が、いかんなく発揮されている。

作品はドキュメンタリーとフィクションを合体させ、当時の資料映像に俳優の演じる“虚構”を重ねていく。俳優は60代からの奥西死刑囚を仲代達矢、事件当時を山本太郎、その母親に樹木希林。

35歳で裁判に関わった鈴木泉弁護士も登場しているが、彼の頭髪が次第に薄くなっていく過程が時の流れを感じさせる。彼は言う――「何十年も前に無罪の判決を受けた人を、何の証拠もないのにああだこうだと理屈をこねて死刑宣告する裁判官一人一人の貴任を問いたい」と。

恐るべきは司法と共謀する村人の存在だ。奥西死刑囚の自白を機に、3人の関係者が彼を犯人に仕立てるべく口裏を合わせ、時間に関する証言を変える。後に取材でその矛盾を突かれると「分からん」とか「覚えてない」と答えるが、表情から嘘をついているのがわかる。なかには検事の誘導で「時計が狂っていた」と証言する者まで現れる。

当時と今と――日本社会の何が変わったのか。(『サンデー毎日』 2013年2月10日号)

*2月16日より東京・渋谷のユーロスペースにてロードショー


Created by staff01. Last modified on 2013-02-12 16:31:41 Copyright: Default

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