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木下昌明の映画批評『100万回生きたねこ』
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小谷忠典監督『100万回生きたねこ』
「100万回生きる」より大切なこと〜一度きりの人生の「深淵と輝き」

 人間は一回しか生きられない。どんな金持ちだろうと命を買うことはできない。それなのに100万回も生きた猫がいたなんて初めて知った。といっても、これは絵本の話だが、それにしてもすごい。

作者は、絵本作家でエッセイストの佐野洋子。その彼女も2年前、たった一度の生涯を閉じた。そのことを小谷忠典監督『100万回生きたねこ』という同名のドキュメンタリー映画で知った。

 映画は佐野の晩年を中心に追っているが、彼女の顔を撮らない条件なので、画面には荻窪の家の内と外の光景しか映らない。が、そのことでかえって彼女は自分の思いをざっくばらんに語っている。

 「わたしはがんが転移しちゃって、余命1年だって思うのね」とか「子どもにカネなんか残したらろくなことにならないから、絶対死ぬまでにすっからかんにしてやる」とか、「死ぬ気まんまん」の彼女らしい語りがいい。

 そんな佐野の北京時代の幼少期を点描しつつ、『100万回〜』の絵本の物語を挿入し、読者である母親たちの感想や世代の違う女性たち一人一人の日常を肖像写真のように切り取っていく。それらは一見バラバラにみえるが、一冊の絵本を媒介することで、人が生きて死んでいくことへの監督の思いが伝わってくる。

 1ページごと絵本をめくっていくと、主人公の猫は王様や船乗りをはじめみんなに可愛がられて死んでいく。が、猫は少しも悲しくなかった。それがラストで初めて号泣し、再び生き返ろうとしなかったという。なぜか――これには誰しもぐっとこよう。

 素朴な童話を介して、佐野はわたしたちに人間社会の深淵をのぞかせてくれる。若い母親は「家族がいることはすごいことなんだ」と実感し、「だから生き続けなくてもいいと思った」と。100万回生きるより1回生きることがいかに大切か――。

 これは生の輝きをうたった映画でもある。

(木下昌明/『サンデー毎日』 2012年12月9日号)

*12月8日より東京・渋谷 シアター・イメージフオーラムほか全国順次公開。


Created by staff01. Last modified on 2012-11-30 11:52:39 Copyright: Default

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