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木下昌明の映画批評 中国映画『無言歌』
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●中国映画『無言歌』
国家繁栄の陰で呻吟する人びと――中国「思想改造」という暗黒史

 上の写真をみてほしい。男が砂漠にひざまずいて祈っているようにみえる。が、実は飢えをしのぐ ために雑草の実を採っているところだ。これは王兵(ワン・ビン)監督の劇映画『無言歌』のワンシ ーン。舞台はゴビ砂漠にある甘粛省夾辺溝の労働による思想改造のために設けられた収容所で、時は 1960年10月。その3年前から「右派」と呼ばれた人々が送りこまれてきた。

 56年に、中国共産党は言論の自由を保障し、党への批判を歓迎する「百花斉放・百家争鳴」を提唱 した。しかし1年後、今度は党を批判した人々を「右派」と指弾、再教育のために辺境に送り込んだ 。これを「反右派闘争」と呼ぶが、「右派」のなかには自己改造のために率先して辺境に赴いた人々 もいた。問題はこれに飢饉(ききん)が重なり、大量の餓死者が出たことである。

 映画は果てしなく広がる蒼穹(そうきゅう)の下、どこまでも続く黄土色の砂漠に大勢の人々が深 く長い溝を掘っているシーンから始まる。無意味な労働である。また、彼らは壕を掘って住居にして いる。食糧は1日250グラムと少なく、草の実や鼠(ねずみ)、はては人肉まで食べてしのいでいる が、次々と死んでいく。その凄惨なさまが淡々と描かれている。そこへ上海から夫を訪ねて妻がやっ てくる……。

 王兵はインディペンデントの映画作家で、9時間に及ぶドキュメント『鉄西区』(03年)は有名だ。 これはかつて社会主義の経済を支えた藩陽重工業地帯が近代化した沿海工業の発展によって崩壊して いく様子を撮った作品だ。

 王兵はその後も『鳳鳴(フォンミン)――中国の記憶』(07年)など長短6本のドキュメンタリーを 作っているが、いずれも国家の繁栄の裏で踏みにじられ、埋もれた歴史のなかで坤吟(しんぎん)す る人々に照明をあてている。 『無言歌』も、中国建国時からずっとタブー視された社会主義の根っこにある矛盾を掘り起こしたも のだ。本国では上映禁止になっている――なお、写真の人物は夾辺溝の生存者という。

木下昌明/『サンデー毎日』(2011年12月18日号)

*12月17日よりヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次ロードショー。


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