●映画「戦場でワルツを」
私は一体どこから来たのか? 記憶とは自分をだます「物語」
「事件の記憶はほとんどありません」。これは新聞に載った秋葉原無差別殺傷事件の被告が書いた手紙の一部分。自ら引き起こした事件なのに記憶がないとはどういうことか、と誰しもが訝しがるだろう。
いま各地で上映中の田保寿一の「冬の兵士」にもこんなシーンがある。イラクからの帰還米兵が証言のなかで、ライフルで市民を無差別に射殺した場面の記憶はないが、その死体を跨いだことは覚えていると発言する―いったい記憶って何なんだろう?
そのことを考えさせてくれるすごい映画をみた。イスラエルの「戦場でワルツを」というアニメ・ドキュメンタリー。ビデオで撮影した実写をもとに絵コンテを起こし、アニメ化したものだ。そのなかで、記憶が「生き物」のように変容していくのを明らかにしている。きっかけはアリ・フォルマン監督が、20年も前のレバノン戦争の悪夢に苦しんでいる戦友の話を聞き、逆に自分には戦場の記憶が全くないと気づいたことだ。そこで監督(主人公)は19歳時の記憶を取り戻そうと当時の戦友たちを訪ね歩く。
この映画は、監督自身の内奥に潜んでいる暗い「過去」を掘り起こそうとするミステリーめいた記憶への旅である。その過程で、彼は、自分が海にぼんやり浮かんでいるニセの記憶に執着するようになる。また彼は、PTSD(心的外傷後ストレス障害)の専門家から、記憶が抜けるのは、実体験から自分を切り離す「解離」なのだと教わる。
トップシーンから映像に圧倒されよう。獰猛な犬の群れが画面奥から向かってきたり、兵士がゆっくり泳ぐ巨大な女体にしがみついたりのシュールなシーンは、追いつめられた者の「恐怖の感情」が生み出した悪夢や幻覚のイメージである。そのアニメ表現は異様な魅力をたたえている。
―やがて監督(主人公)の脳裏に、封印していた「過去」がよみがえる。そして衝撃のラストシーン。(木下昌明/「サンデー毎日」09年11月29日号)
*映画「戦場でワルツを」は11月28日から東京のシネスイッチ銀座ほか全国順次公開
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Last modified on 2009-11-19 11:40:10
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