本文の先頭へ
木下昌明の映画批評「長江に生きる」
Home 検索

●ドキュメンタリー映画「長江に生きる」
ゆく大河の流れは絶えずして 生きた証しを何に託すのか?

 世界最大のダムといわれる中国の長江をせき止めた三峡ダムが今年完成予定である。 1918年、孫文が構想して以来、一世紀近くたって国家の壮大な夢がかなうわけだ。 この間、長江沿岸の街や村は水没し、140万人もの人々が強制移住させられた。その 補償は少なく、移住者の貧困化は今、社会問題にまでなっているという。

「水没の前に」「長江哀歌」「いま、ここにある風景」などの映画で、この間のいきさ つを知ることができたが、いずれもビル群の解体のすさまじさや住居を追われた人々の 右往左往する姿をとらえたものばかりだった。

 馮艶(フォンイェン)監督のドキュメンタリー「長江にいきる」は、それらとは違って7年の歳月をか け、移住に抵抗する一人の農婦の生き方に焦点を当てながら、国家の夢が庶民の生活の 犠牲の上に成り立っていることをあぶり出す。

 中年の農婦は秉愛(ビンアイ)といって足が不自由な夫と学校に通う息子と娘を抱え、日がな一日 働き通しだ。一家は傾斜地の集落で暮らし、彼女は川辺で洗濯し、食事を作り、夫と畑 を耕す。そのずっと下方では長江がとうとうと流れ、船がゆったりと行きかっている。

 舞台となるのは、湖北省の桂林村。水位から175メートル以下の住民は移住しなけ ればならない。第一次移住者が決まり、村人は我が家を壊し、家具を船に積んで去って いくところから映画は展開する。

 しかし、秉愛一家は、時折訪れる役人たちに脅されすかされながらも頑として立ち退 こうとしない。農民は土地がなければ生きていけないからだ。なかでも強い風の吹く山 上で「ここに住め」と強制する役人とのせめぎ合いが見もの。大地に根づいて生きる彼 女の奮闘ぶりに圧倒される。

 また、彼女が子細に語る流産のときの話や、一人っ子政策ゆえに三度も中絶した壮絶 な体験談にはあぜんとさせられよう。(木下昌明 /「サンデー毎日」09年3月8日号)

*映画「長江にいきる」は東京・渋谷ユーロスペースで3月7日から公開


Created by staff01. Last modified on 2009-03-11 12:37:29 Copyright: Default

このページの先頭に戻る

レイバーネット日本 / このサイトに関する連絡は <staff@labornetjp.org> 宛にお願いします。 サイトの記事利用について