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木下昌明の映画批評「4ヶ月、3週と2日」
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●映画「4ヶ月、3週と2日」
チャウシェスク政権時代の中絶

快楽としての性を描く映画は多いが、それとは裏腹の妊娠中絶を追究した映画は極め て少ない。日本映画では大島渚の「青春残酷物語」で、中絶した娘のベッドのそばでり んごをかじる若者のシーンが話題となったが、中絶自体をとやかく言う者はいなかった。

 外国映画では「主婦マリーがしたこと」(仏)や「ヴェラ・ドレイク」(英)が思い 浮かぶ。いずれも昔の題材で、中絶禁止法に苦しむ女に主婦が同情して始めた堕胎業によって罪に問われる内容。日本には今も堕胎罪はあるが、空文化して久しい。

 が、中絶問題はいつの時代でも男女の間に横たわる難問だ。そして往々にして時の政 府が介在し、一層女性を苦しめる。例えばルーマニアではチャウシェスク政権時代、国 力増強のために出産が奨励され、中絶は厳しく取り締まられた。昨年カンヌでパルムド ールを受賞したクリスティアン・ムンジウ監督の「4ヶ月、3週と2日」は、その政権 末期の首都ブカレストを舞台に、この難題を描いている。

 映画は、ある一日、大学の寮に住むガビツァが、同室のオティリアに中絶の手伝いを 頼むところから始まる。オティリアはホテルを予約し、堕胎医の中年男とも会い、いざ 中絶の段になって金銭で一悶着……といった具合に、もっぱら中絶問題に焦点を当てて いる。それもハンドカメラに長回しの手法で、オティリアの行動を追いかける。そこか ら閉塞した時代背景も見えてくるが、時にサスペンス映画でも見ている気分にさせられ る。ここでは言えないが、「すさまじい場面」も出てくる。

 また、オティリアが恋人に「わたしが妊娠したらどうする?」と尋ねると、男は満足 な返答ができない。そのシーンに、男の性(さが)の救いがたさをみて胸が痛くなる観客も出てこよう。うーん、筆者もその一人。

 チャウシェスクの処刑後、ルーマニアでは大量の捨て子問題が明るみに出て、日本で も「マンホールの生活者」が一時騒がれた。あの子たちはどうしたろう? (木下昌明)

*「サンデー毎日」2008年3月16日号所収


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