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木下昌明の映画批評〜「母べえ」は何を描いたか
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山田洋次、吉永小百合の話題作
「母べえ」は一体何を描いたか

 上映中の映画「母べえ」は野上照代の実話の原作をもとに太平洋戦争が始まる前後の 家族(父と母、二人の娘―それぞれ「べえ」をつけて呼び合っていた)の描写を中心に 、当時の時代状況を浮かび上がらせた作品だ。

  もっとも山田洋次監督、吉永小百合主演―といえば、日本映画界の大物ぞろいで、マスコミでもいろいろ騒がれており、この欄で今さら語るべきこともないと思ったが、巷間伝えられる映画評にはどこか違和感がある。

 例えば、映画評論家の佐藤忠男氏は『朝日新聞』2月1日夕刊で「母子護る近隣社会 の人情」と題し、「人情」という言葉を4度も使って、映画の見どころを強調していた。

  確かに劇中に登場する庶民像にはそういう面もみられるが、同時に、母べえの父や父 べえの恩師、教え子の検事といった、本来は味方になってくれそうな人たちが、人情と は裏腹の自己保身に走るという救いがたい酷薄さを描いているからだ。

 かつて山田監督は「たそがれ清兵衛」でいろりを囲む下級武士のつましい生活を丹念 に描いたが、今度はちゃぶ台を囲む暮らしが強権によって破壊される時代の非人間性を 暴き出している。

 こんな場面がある―戦争批判をした父べえが治安維持法違反で特高警察に連行される 。土足で家に上がり込んだ特高は、娘たちの面前で父を縛り上げる。ここを、「あの寒 い朝のことは一生忘れません」と(大きくなった)娘のナレーションが締めくくる。

 また、国旗と「ご真影」を掲げ、天皇をたたえる歌を歌う学校の式典で、代用教員の 母べえがどっと倒れるシーン。そこには戦前の天皇制支配だけでなく、今という時代の危うさに対する山田監督の批判が見えてくる。

  今日でも学校現場には“愛国”教育委員会に恐れおののきながらも、「君が代不起立」を貫いている教育者たちがいる。

 物言えぬ時代―そうなってからでは遅い。

「サンデー毎日」08年3月2日号所収


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