●映画「休暇」
大量判決、大量執行の時代に…
看守が受け止めた死刑の重み
このところ死刑存廃をめぐる新聞や雑誌の記事をよく見かける。背景には光市母子殺害事件の元少年に対する死刑判決や、鳩山法務大臣が短期間で10人もの死刑執行を命令したことがある。一方で、年間3万人もの自殺者が毎年出ていて、なかには土浦市の無差別殺傷事件のように「死刑」を自殺代わりに利用しているケースもある。こんな現象を“いのちぼうにふろう”症候群とでも言おうか。その遠因には、行き詰まった社会への政治の無策がある。
今度公開される門井肇監督の「休暇」は、法務大臣が死刑執行命令書に判を押すところから始まる。といっても声高に死刑の賛否を問う映画ではない。小林薫が演じる平井という寡黙な中年の刑務官を主人公に、刑務官たちが死刑囚と向き合っている拘置所の
日常を淡々と描いたものだ。
平井は、西島秀俊演じる死刑囚と心を通わせていく。が、ある日、彼の死刑執行が決まる。平井は「支え役」を申し出る。それをやれば1週間の休暇がもらえる。休暇は、連れ子のある派遣社員の美香(大塚寧々)との見合いが実って、三人でささやかな新婚
旅行に出かけるために必要だった(映画は、その旅行場面を織り込んで展開していく)。
支え役とは、絞首刑のとき落下してもがく囚人を抱き止める係のことである。こんな任務があるとは知らなかったが、吉村昭の同名短編小説の原作には、その平井の感慨をこう描写している―「掌に死刑囚の体温が膠のようにこびりついていた」と。
これを映画で表すのは難しいのだが、職務とはいえ、毎日身近に接してきた者を殺すのに手を貸したことへのやりきれなさが、抑制された小林の演技から伝わってくる。
映画は、大臣が判を押した後の不条理な現実を身に引き受け、耐えながらつましい生活を築こうとする、そんな庶民像に焦点を当てている。
地味ではあるが、妙に心に残る。(木下昌明)
*「サンデー毎日」(2008年6月15日号所収)。映画「休暇」は東京・有楽町スバル座ほかで6月7日から全国ロードショー。写真=(C)2007「休暇」製作委員会
●追記
文中で、映画「いのちぼうにふろう」というタイトルを借りて「“いのちぼうにふろう”症候群」としたくだりがあります。これは紙数の関係でふれられなかったのですが、映画は人情もので、自分だけのために生きてきた男が他人の命を救うために「ぼうにふろう」と決意するものです。命は重い。それなのにとても軽くなっています。若者はどんどん自分の命を捨てています。それどころか、秋葉原の事件のように自分が行きづまったので他人を道づれにしようとさえするものもいます。
背景には、若者たちの「生存権」すら利潤追求のためにむしりとろうとする大企業優先の社会があります。これを根底から変えていく以外、“いのちぼうにふろう”症候群はなくなりません。日本の若者も、韓国の高校生から少しは学ぶべきではないでしょうか。
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staff01.
Last modified on 2008-06-13 11:09:29
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