フランスの大統領選(飛幡祐規) | |||||||||
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フランスの大統領選 飛幡祐規(たかはたゆうき・パリ在住)
今年のフランスの大統領選について、1974年のジスカール・デスタン大 統領時代以来、この国の政治と社会の変遷を見てきた住民の視点から書いてみ たい。 <ふたつのフランス> サルコジ新大統領とロワイヤル候補への投票率を地方、社会階層、年齢分布 などから比較すると、「ふたつのフランス」があらわれる。サルコジはフランス の北部・東部・地中海沿岸、ロワイヤルは西部のブルターニュ地方と南西部で過 半数をとった。北部と東部のかつての工業地帯(鉄鋼、炭田)では、伝統的に労 働者層による共産党と社会党支持が強かったが、三十年来の経済変遷により多く の工場が閉鎖され、失業率が上がった。ここ二十年来は極右の国民戦線支持が強 くなった地域で、サルコジはそれらの地方で国民戦線票をくって高い投票率を得 た。地中海沿岸も伝統的には左翼が強かったが、国民戦線の勢力が増大した。日 本人にもおなじみの南仏の「プロヴァンス」や「コートダジュール」は、主にバ カンスと観光業でなりたつ地方だが、退職者が多い保守層の地盤であり、また都 市部では移民の存在も目立つことから、国民戦線の唱える排外主義が浸透した。 移民(系)を問題視・敵視し、「国(民)のアイデンティティ」を強調したサル コジの発言と政策は、これらの層をひきつけたわけだ。 一方、ロワイヤル票の多かったブルターニュ地方や南西部には伝統的な工業地 帯がなく、三十年来の経済・社会の変遷に、よりソフトに適応してきたといえる。 昨年春のCPE闘争の先端をきったのが、レンヌやポワティエ、トゥールーズなど 西部・南西部の都市の大学だったことは興味深い。ブルターニュ地方は伝統的に カトリック教の影響が強い保守的な地方だったが、近年は左派が強くなり、南西 部と共に中道派バイルーの支持率も高い。 また、サルコジ票は主に農村部と大都市、ロワイヤル票は中規模の都市部で優 勢だった。社会階層では商業、農業、自由業、管理層、民間企業の従業員がサル コジ優勢、中間層従業員、公務員及び公共事業の従業員、労働者層でロワイヤル が優勢だった。パリでは裕福な層が住む西部、16区では実に80%がサルコジ に投票したのに対し、東部では60%前後ロワイヤルが得票した。年齢分布では、 65歳以上の高齢者(72%)と25〜49歳(51〜52%)がサルコジ優勢、 18〜24歳の若者(54%)と50〜64歳(57%)がロワイヤル優勢だ (LH2-リベラシオンの世論調査より)。サルコジが強調した「もっと稼ぐために もっと働け」というモットーと、国家の援助を受ける弱者にむち打つネオリベラ ル思想は、消費社会に毒された若い現役の給与生活者や商店主、自由業などにア ピールし、また「1968年5月革命の清算」、つまり価値観の多様化した自由 で寛大な社会に対して秩序と権威の復権を唱えた新保守思想は、女性やホモセク シュアルの権利が拡大し、移民系フランス人のアイデンティティ主張が増した現 在のフランス社会に不満と恐怖を感じる保守・反動層(とりわけ農村部)や、植 民地帝国時代のフランスにノスタルジーを感じる高齢者にアピールしたといえよ う。 これに対し、ロワイヤルも「正しい秩序」というモットーや、国歌・国旗への 愛着を訴えた発言などによって、そうした層を狙うきわどい面をもっていたが、 フランス国民の多様性がもたらす豊かさを強調し、ホモセクシュアルや女性の権 利を擁護する、より寛大なビジョンに基づいていた。2005年秋の「暴動」以 来、選挙人名簿に登録したパリ郊外などに住む移民系若者たちの支持は得られた ようだが、メディアで派手に報道された「暴動」をテレビで見て恐怖を抱いた農 村部などの人々は、犯罪者の刑罰や移民規制のさらなる強化を掲げるサルコジの 言説に賛同したわけだ。 <ロワイヤル敗退の原因> さて、5年前の大統領選では、第一次投票で国民戦線のル・ペンが社会党のジ ョスパン元首相をしのぎ、決戦投票に進出するという予想外の出来事が起きて、 とりわけ左派に大トラウマを引き起こした。それまでのジョスパン左翼連合政権 への不満から、左派の投票が多候補に分散したためだ。そこで、今回の選挙では 第一次投票から社会党のロワイヤル候補が25%以上を得票した。しかし、ロワ イヤル候補が決戦投票で6%の差で敗れたのには、いくつもの要素が起因してい るだろう。 まず、2002年の敗退以来、社会党がその原因をきちんと分析せず、明確な 政策と路線を打ち出せなかった点があげられる。5年前に極左政党、緑の党、そ の他少数派左翼が比較的高い投票率を得た裏には、それまでのジョスパン左翼連 合政権が、グローバリゼーションによるフランス国内の工場閉鎖、格差の拡大な どの弊害を阻止できず、労働者層や不安定な臨時雇い層、失業者など底辺の人々 の信用を失ったという事情がある。ATTACなどオルター・グローバリゼーション の市民運動も高まり、2005年のEU憲法条約の国民投票では、ネオリベラル思 想に反発してノンに投票した左派の市民も多い。このとき、EU憲法条約の起草に 参加してきた社会党の首脳陣はみな是認をよびかけたが、ファビユス元首相の派 は党の決定に造反して否認を掲げ、社会党内に大きな亀裂が生じた。しかし、そ れ以後も、市場経済により適応した英国ブレア流の社会民主主義路線をとるのか、 共産党や極左にもっと近づいた路線をとるのか明確な論議がなされないまま、大 統領選候補者の座をめぐる有力パーソナリティどうしの競争が始まった。 昨年11月にロワイヤル、ファビユス、ストロス=カン3人の候補志望者によ る政策討論会が行われ、党員の投票によってロワイヤルが選出されるが、このと き急増した新党員も含めて、「ロワイヤルが世論調査でいちばん人気が高い」と いう要素が選抜に大きな影響を与えた。ロワイヤルはそれ以前からメディアで大 きくとりあげられ、「参加型民主主義」など社会党のプログラムにはない新しい 政策で注目を集め、女性であることや、それまで党や社会党政府の重要職につい ていなかった「新鮮さ」によって、分裂して明確なアイデンティティを構築でき ない社会党の唯一の切り札に見えた。しかし、熟考された政策よりマーケティン グとイメージ戦略が先行した選挙キャンペーンは、同じく、いやそれ以上に圧倒 的なメディア戦略をもち、政治ビジョンがより明確なサルコジのキャンペーンに はかなわなかった。サルコジの投票者の76%が彼の政策プログラムに賛同して 投票したのに対し、ロワイヤルの政策プログラムに賛同した投票者の率は51% 足らず、46%は「サルコジの当選を阻止するため」に投票したのだ。 今回の大統領選は85%という高い投票率にいたり、選挙前の候補者のミーテ ィングやテレビ・ラジオ番組、報道への市民の関心も高かった。それには、現役 あるいは元大統領と首相ではなく、50代の若い有力候補がもたらした新しさが 関係しているだろう。しかし、1年も前からサルコジ、ロワイヤル二大候補の話 題ばかりとりあげたメディアと世論調査は、アメリカ流政治家のスター化と政治 のスペクタクル化をいちだんと進行させた。自己顕示欲が異常に強いサルコジに 対抗するかのように、ロワイヤルも「私は四人の子どもの母親」、「私は自由な 女性」などと頻繁に「私」を前面に出したが、競争社会のメリットを強調する右 派の思考に対し、福祉や社会の連帯を強調すべき左派の候補者として、それは的 確な姿勢といえるだろうか? 国(民)のアイデンティティや治安など、サルコ ジが先行して投げかけるテーマに、同様の語彙を使って同じ土俵で反撃したやり かたは、左派の人々に不安感を与えた。ロワイヤルの能力を疑う男性優位主義的 な中傷は根拠がないが、左派にかぎらず人々は、彼女の信念がどこにあるのか、 信頼感をもてなかったのではないだろうか。第一次投票で中道派のバイルーが1 8%以上も(左派の有権者からも)得票した理由のひとつは、彼の言説に一貫性 があり、熟考を経た信念と誠実さが感じられたからだと思う。 男性優位主義については、フランスにはいまだ女性指導者を受け入れられない 男性が多いことはたしかだろう。女性の50%はロワイヤルに投票したが、男性 の56%がサルコジに投票した。 サルコジは国民戦線まがいのテーマを強調して国民戦線の地盤にくいこみ、ネ オリベ・ネオコンの右傾化した保守勢力を結集することに成功した。ロワイヤル を候補に選んだ社会党は、中道に近い社会民主主義と歴史的な左派社会党路線の あいだで揺れたたまま、明確な政策プログラムとビジョンを示せずに敗北した。 社会党より左派の政党と市民運動も、共通候補を立てることができなかったほど の分裂状態で、共産党はほとんど壊滅状態にある。フランスの左翼の状況はかな り厳しいといえるが、今後サルコジが約束したネオリベ政策が出てくるにあたっ て、労働組合や左派市民はどのように動くだろうか。ひとつ言えることは、モダ ンを装った秩序・権威復権と大資本擁護のサルコジのデマゴギーに、24歳以下 の若い世代は惑わされなかったことだ。希望はまだ残っている。 Comments:
Created by staff01. Last modified on 2007-05-10 15:14:52 Copyright: Default |