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重大局面を迎えた労働法制問題(川副詔三)
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秋・年末が最大の正念場―新労働契約法・新労働時間法反対闘争

求められる労働組合の総力結集

    『地域と労働運動』編集長 川副詔三

重大局面にある労働法制問題

 新労働契約法と新労働時間法問題が、重大な局面を迎えている。新労働時間法案は、日本型エグゼンプションなどと呼ばれているが、一定の要件をつけて、管理職以外の一般労働者についても、労働時間規制を全廃するというものである。有り体に言えば、労働時間規制廃絶法案である。新労働契約法案は、経営側が一方的な決定権を有する就業規則をもって、労働契約とするということと、契約締結権を労使委員会(ないしは類似の機構)に一元的に集約するというものである。労使委員会は経営側代表者と事実上経営側の意を代弁する「労働者代表」で作られる。その結果、労働者は資本が一方的に決める労働契約内容を、一方的に飲まされるだけということになる。同時に、それは、事実上の労働組合空洞化法でもある。
厚労省は、6月27日以来中断していた審議会を8月30日に再開し、続いて9月11日にも審議を行っている。聞くところによると、年末まで急ピッチで審議を進め、中間とりまとめを抜いて、最終答申・法案化を年末までには完了し、年あけて2月には法案の通常国会提出、5月国会審議、6月採決をめざしているという。国会は与党絶対多数である。したがって出来る限り審議会段階で歯止めをかけていかねばならない。(もちろん国会に上程されてしまった場合には、国会での闘いにも力を尽くさねばならないが)
 現時点での運動の状況はおおむね次のようになっている。
 連合、全労協、全労連とも型どおりの運動姿勢を示している。運動課題上の焦点は、日本型エグゼンプション反対に集中していて、労働契約法については、ついでに触れるという程度の取組である。
 ナショナルセンターの枠を超えた、本気の取組としては、全国ユニオンが事実上の仕掛け人、日本労働弁護団の一部(棗弁護士や中野麻美弁護士など)や、全国安全センターの古谷杉郎事務局長などが呼びかけ人となって、「共同アピール運動」が、つい最近立ち上げられ、活動を開始した。(「共同アピール」全文は資料として後掲)12月5日には、日比谷公園野外音楽堂で大集会を行う予定となっている。しかし、その提起する運動テーマは労働時間法に集中し、労働契約法については棚上げされている。

労働契約法待望論と厚労省素案

 元来、労働契約法制立法提言は日本労働弁護団が1995年以来10年余にわたって行ってきたものである。労働契約法が存在しないために、判例などの裁判例を基準としてこれまで法廷で争ってきたわけだが、弁護士という立場からすれば、それらの判例をもとに整理され首尾一貫した労働契約法が存在してくれたらどれほどありがたいか、そう考えるのは当然と思う。したがって、その立場が、現行労働法体系をもとに判例法理を整理する形での労働契約法実現論というコンセプトになるのは自然の成り行きである。日本労働弁護団の「整った労働契約法が欲しい、つくらねばならない」という切実な希望を逆手にとって、厚労省はとんでもない法律案を作り上げつつある。
 しかし、労働契約法問題とは、もっと根源的な問題であって、労働者の権利と労働組合の死活にかかわる重要問題である。もちろん、労働弁護団や連合総研が草案として公表しているような労働契約法が必要なことはいうまでもない。しかし、もし、労働弁護団や連合の草案のような法律制定を求めるのであれば、それは、労働契約法としてというよりは、むしろ、労使紛争調停法というような性格を持たせるべきである。労働契約法ということになれば、どうしても、労働契約の原点から全体系を含むものとして、作られざるを得ない。その結果が、厚労省の考え方,即ち?労働契約内容については就業規則をもって契約内容とするということと、?契約手続きについては、労使委員会に契約権を集中させるという、法律案を呼び込んでいるという一面がある。
 今日、労働組合運動の領域における労働契約法に対する取組は、良くも悪くも、日本労働弁護団による解説を受け、問題を理解した部分によって担われている。それ以外の部分は関心を示すこともない。それは、本誌別項で筆者が報告している全国地区労交流会の実態等の実例が示している通りである。
 しかし、労働契約権をめぐる日本の社会状況や政治状況はそうした法律専門家の関心のレベルを超えて深刻化している。要するに、今回の厚労省素案なるものは、労働契約内容をすべて一方的に経営側が決定できる、そういう権利を資本に与えるというものであり、労働者には、自分の労働契約内容決定に関与する権利を何一つ与えないだけでなく、それを締結する権利さえも、労使委員会(事実上経営側)に集約し、労働者には与えないというものである。それが法定されれば、決定された契約は合法的な契約としての位置を獲得するのであるから、労働者にはそれを順守する法的義務のみが発生することになる。労働者が資本の決定と資本の意志に無条件に隷属させられる、そういうことを法的義務として定めるというのが今回の素案の基本コンセプトである。

労働者の権利否定法典としての厚労省素案

 くり返し強調し続けてきたことだが、労働契約とは、労働者にしてみれば、労働力商品即ち生命と人格の使用権販売である。いのちと人格の自由使用権を資本の側には無制限に認め、その反対に労働者にはそれに服従する義務だけを与えようとする厚労省素案の意味するところが奴隷的隷属とどれほど異なるというのであろうか。労働者の生命と人格が限りなく粗末に扱われ、破壊されていくことを全面的に承認する法律に他ならないのである。
 日本労働弁護団の労働契約法制立法提言の一面における積極性を認めねばならないのは当然である。しかし、弁護士としての職業柄、その関心が一つには、今すぐに裁判闘争で役に立つものを実現したいということ、いまひとつは労働者保護に集中しているという問題点がある。
 だが、労働契約法という法律を作るとすれば、それは、労働者の労働契約権を中軸におく、「労働者の権利章典」的な法律でなければならないのではなかろうか。労働者を保護の対象として法定するのではなく、権利主体として法定するというのが、契約法の基本コンセプトでなければならないと思う。
 まさに、厚労省素案は、労働契約というものが有するそうした基本的性格を踏まえて、「労働者の権利否定章典」というものとして、提出されてきたのである。

労働法体系の歴史的逆転

 こういう事態は突然発生したわけではない。
 歴史的に見て戦後日本社会は労働組合つぶしの社会であったと、本誌は主張してきた。それが、全労働戦線に波及したのが80年代の国鉄分割・民営化という名の国労潰し・総評潰しであったことも繰り返し述べてきた。
 だが、この20年間の歴史を見るときに、労働組合つぶし完了という社会的基盤の上で、労働世界では新しい歴史状況が展開していたとおもう。にもかかわらず、われわれはそれに対して十分な注目をしてこなかったと感じている。軽視してきた新しい歴史状況とは、労働法体系を全面的に転換し、資本の自由権無制限承認・労働者の権利否定社会を法制度上完成させる動きが一貫して進行していたという事実である。
 85年派遣法制定、87年裁量労働制・変形労働時間制導入がその突破口だったと思う。その後、それを受けて、際限なく労働法における規制緩和が進行し続けた。抵抗すべき労働組合の歴史的無力化を社会的基盤としつつ、それはとどまることなく進行した。
 85年制定時、26業種に限定されていた派遣法は、99年には、業種的には原則自由化され、03年には、派遣期間上限が1年から3年に延長され、労働者派遣業はほとんど自由自在に行えるようになった。今日では、雨後のタケノコのように派遣会社が設立されるようになった。
 埼京ユニオンの嘉山委員長の話によれば、その実体は次のようにひどいものである。派遣先から一人一日12000円で契約し、労働者には1日7000円渡すというのだが、その派遣会社に登録していた労働者から、「会社を辞めることが出来ないけどどうしたらいいか」という電話相談が寄せられたという。なぜかというと、会社は辞められると一人一日5000円の減収になるということでやめたいという労働者に対して、「やめたらどういう事になるかわかっているだろうな」というヤクザまがいの脅迫・恫喝を加えているというのである。同じような状況で怖くてやめられないという相談が、引きも切らないという。
 労働時間制度においても、87年以来、好きなときにいつでも働かせることが出来る(しかも、8時間労働制を事実上適用除外する形で)変形労働時間制も、「原則的変形労働時間制」からはじまって、「1年以内型変形労働時間制」導入、「非定型型変形労働時間制(1週間型)」導入など、規制緩和が資本の意のままに進行しつづけた。裁量労働制も03年改正で、ホワイトカラーにおいては、事実上、自由自在に資本が使えるようになってしまった。
 こうした20年余の労働法制規制緩和の滔々たる流れを集大成する形で、手袋をひっくり返すように、労働法体系全体を労働者の権利法体系から、資本の自由法体系に転換するものとして、労働契約法と労働時間法の厚労省素案が示されている。我々も、個々の動きに対して、労働法制の規制緩和反対の一般的問題意識からそれなりに真剣に闘ってきたのは事実である。
 しかし、労働組合つぶし完了以降の労働問題をめぐる時代状況の特質が、労働法体系の全面的転換の時代として現実化するという、少し考えれば当然の事実に気がつかないで来たという認識の甘さを痛感し、反省しなければならないのもまた事実である。労働契約法制改悪反対の動きがことのほか弱いのは、こうした我々の弱さの反映でもある。
 その弱さを突かれて、労働契約法が定められようとしているのである。しかも、労働契約法という名において、資本の権利無制限容認法、労働者の権利剥奪法として定められようとしているのである。まさに、ブラックジョークである。労働契約法が有する労働法体系における根元的位置を考えるとき、労働契約法をそのように定めるということは、同時に、労働法体系全体を、労働者の権利擁護法体系から、逆転して、労働者からの権利剥奪法体系、資本の権利全面容認法体系に転換することでもある。
 いまが、その逆転を許すか否かの闘いの時である。闘いの力の弱さをいまさら嘆いても始まらない。闘いの重要性を自覚したものから立ち上がるより他に道はない。
 それらを12月5日の日比谷公園野外音楽堂の集会に、まずは総結集するより他に道はない。求められるのは不退転の闘う決意である。
 
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労働時間規制の撤廃に反対し、
人間らしく働くための労働法制をもとめる共同アピール

 私たちは、働く者が無制限の長時間労働によって健康被害にさらされてきた歴史の中で、健康に働くための最低限の・利として「1日8時間労働制・週40時間労働制」という大原則を確立してきた。
 ところが今、法制化が目論まれている「自律的労働にふさわしい制度」(日本版エグゼンプション)に よって、私たちはこの最低限の権利を完全に奪われようとしている。
この制度は、「自律的労働」の名のもとに多数の労働者から労働時間規制の保護を奪い去り、無制限の長時間労働を法律的にも可能にする制度である。労働者の「自律性」が強調されることによって、使用者に課せられている「労働時間管理義務」をなくし、ひいては使用者が労働者の健康に配慮すべき義務(安全配慮義務)すら免除されかねない。長時間労働や過労死、過労自殺、精神疾患が労働者の「自己責任」とされてしまう。
 現行の労働時間規制自体、使用者団体の圧力の下で、規制緩和が次々となされてきた。そして、その法律さえ守ろうとしない多くの使用者の下で、私たちはサービス残業や長時間労働を強いられ、生活のための時間、家族や友人とともに過ごす時間を奪われ、過労死や過労自殺、精神疾患の危険にさらされている。さらには、長時間労働による出生率低下などさまざまな社会問題が深刻化している。
 厚生労働省は、過労死の防止や少子化対策が重要であると説き、時間外労働手当の割増率アップなどの小手先の対策を打ち出しているが、「自律的」労働者については、法の規制は必要がないと説明している。
 しかし、自己実現や能力発揮を希望する「自律的」労働者が増えているという厚生労働省の提案理由は、何ら実証されていないばかりか、同省の調査によっても、「自己実現や能力発揮を理由に労働時間規制の適用除外を望む労働者」はごく少数である(厚生労働省調査)。この制度の導入勢力の本音は、労働者の健康に対する企業の責任を免除し、不払残業を合法化することにある。
 どのような労働者であろうと、過労死の防止や少子化対策のための労働時間の削減が必要不可欠なことは明らかである。この制度は、いったん導入されれば、とめどなく労働時間規制の適用除外となる労働者の範囲が拡大していくであろう。
 安定した雇用を欲する私たちの希望に反して、パート労働者や派遣労働者、契約社員などの非正規労働が増加し、労働条件や将来への希望の「格差」は拡大している。非正規労働者の多くは、有期労働契約を反復更新する「細切れ契約」により働かされ、常にクビを切られる不安に脅えながら働いている。正社員労働者の極端な長時間労働がその背景にある。誰もがゆとりある労働時間を実現すれば、雇用は拡大する。今、求められているのは、「均等待遇」や有期雇用への規制の法制化である。
 さらには、非正規労働者であっても、一定の要件をみたせば労働時間規制の適用除外が可能となり、補償のない無制限の長時間労働にさらされる危険性がある。「自律的労働にふさわしい制度」は決して正規労働者だけの問題ではない。
 すべての働く仲間やその家族が力を合わせ、「自律的な労働にふさわしい制度」を食い止めるとともに、過労やストレスに脅えることなく健康に生活し、希望を持って、安心して働けるルールを確立しよう。

労働時間規制の撤廃に反対し、人間らしく働くための
労働法制を求める共同アピール運動実行委員会

よびかけ 中野麻美(派遣労働ネットワーク理事長)
  棗 一郎(日本労働弁護団事務局次長)
  古谷杉郎(全国労働安全衛生センター連絡会議事務局長)

*『地域と労働運動』2006年10月号所収 半年3000円 bunanoki@sepia.plala.or.jp

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